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2006年2月27日 (月)

マザーグース

伊東市に伊豆高原という、上品で文化の香りが漂う場所があります。
博物館や美術館などが多く点在し、格調の高い雰囲気をかもし出しているのです。
その中に、ワイルド・スミス美術館という石坂浩二さんが館長を務めるこじんまりとした美術館があります。
一たび館内に入ると、繊細で鮮やかなワイルド・スミス氏の絵の世界が広がるのです!
みなさんもよくご存知の「マザーグース」の挿絵も手がけているのですが、残酷で暗示的な詩にぴったりなのです。

もし伊東へお越しの際は、ぜひ伊豆高原にあるワイルド・スミス美術館へお立寄り下さい。
ちなみに小学生以下は、無料で入館できます。

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2006年2月26日 (日)

絵本

大人になってから読んでも全く差し支えありません。むしろ新鮮で、安らぎます。
児童図書コーナーには定番と言っても良いほど必ずあるのは、新美南吉のシリーズです。私が小学生の頃教科書に載っていた「ごんぎつね」は、今も忘れられない物語です。
いたずらぎつねのごんは、人間の兵十をからかうために兵十の捕まえたウナギを逃がしてしまいます。でも兵十には病気の寝たきりのお母さんがいて、少しでも元気になってもらいたくてやっとの思いで捕まえたウナギだったのです。
その後、ごんは兵十のお母さんが亡くなったことを知り、ウナギを逃がしてしまった自分のせいだと思い込みます。ごんは償いの気持ちからか、山で採った栗やマツタケなどをこっそりと兵十の家へ持って行くのですが・・・

この「ごんぎつね」を読んだことのある人は、もちろんラストも知っているはずです。
私はこの物語のラストに、一体どんな意味があるのだろうかといつも考えてしまうのです。
みなさんはどのように思われますか?

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2006年2月25日 (土)

宗教

週末、在宅時に不意をついて現れるのはたいてい宗教関係の人です。(セールス関係は平日の夜をねらって来ることが多いです。)
ひんぱんに訪れるのは、「ものみの塔」という冊子を持って現れる宗教者です。人の良い(?)私は、まだ小学生ぐらいの正装した男の子が「ものみの塔」を差し出しながら、「ぜひ読んでみて下さい。」と言われ、思わず受け取ってしまいそうになりました。
あんな小さな子供まで入信して熱心に伝導活動するとは驚きました。
私は無神論者とも違いますが、特定の宗教には属していません。ただ、亡くなった両親のお位牌を仏壇にお祀りしているだけです。朝一日に一回だけ、ご飯とお水とお茶をお供えして、一本のお線香をあげて、手を合わせるだけ。たったそれだけです。

この世に神や仏が存在するかは分かりませんが、各々の心の支えであれば良いと思います。なので、むやみな宗教の押し付けは遠慮してもらいたいものです。

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2006年2月24日 (金)

紅梅

猫の額ほどの庭に紅梅が植えてあります。ここへ引っ越して来る前からあって、50センチほどの苗木だったものが今では立派に2メートル以上も成長しました。
2月2日の父の命日を過ぎると、まるでそれを慰めるかのように枯れ枝にピンク色のつぼみがポチポチとつき始めます。
そうして、確実に春の訪れを感じさせてくれるのです。
けれど夏になると、この紅梅にはゾッとするほどのケムシがこびり付いて、毎年駆除するのに一苦労します。背丈の低いうちはまだ良かったのですが、人間様を越えてしまった辺りから手に負えなくなって来ました。これまでさんざん楽しませてもらった春の訪れでしたが、ケムシのことを考えると切ろうかどうしようかと迷ってしまいます。
「自分勝手」「自己本位」とは思いつつも、ケムシに刺されて背中一面が赤く腫れ上がり、かゆみで夜も寝られなかった時のことを考えると、そろそろ潮時かなとも思います。

何の落ち度もない紅梅に対して理不尽な態度を取ろうとしている人間様を、果たして許してくれるのでしょうか?

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2006年2月20日 (月)

母一人、子一人。

叔母は早くにご主人を病気で亡くし、女手一つで息子を育てました。その息子(私にとってはいとこ)も既に50歳。結婚しそうな気配は全くありません。
叔母は数年前に大病を患い、以来だいぶ足腰も衰えて来ました。一方、息子は地位もキャリアもなくうだつの上がらぬ生活をしています。
そんな親子の唯一の慰めは「地域ネコ」と呼ばれる野良ネコたちにエサを与えることです。勝手気ままにやって来るネコたちに、自分たちの晩御飯のおかずより豪華なものを与えてやるのです。
野性の中で一生懸命生きている姿を見ては、「自分たちも頑張らねば」と励まされているのかもしれません。

動物の持つ「癒し」の力は、本当に偉大ですね。

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2006年2月19日 (日)

花粉症

今年もまたその季節がやって来ました。私は高校生の頃から悩まされているので、かれこれ20年近い付き合いになります。
この街の北側に隣接する地域は杉の産地で、この時期には盛んに飛散します。昨年のピーク時には、かみ終わったテイツシュを何気なく見ると、小さな小さな黄色い点がプツプツと付着していました。これが花粉なんだろうかと、驚きとともに思わず自分の鼻水に引いてしまいました。

テレビや雑誌などで、花粉症には甜茶が良いと言うので試しています。効果は人にもよると思いますが、毎日継続して飲んでいるとかなり症状が緩和されるような気がします。
けれど一番大切なのは、充分な睡眠だと思います。睡眠不足の日は症状が悪化して、もう朝から悲惨な状態で、その日は仕事どころではなくなります。
やはりどんな病気でもそうですが、体調管理が一番大切なんですよね。

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2006年2月18日 (土)

売る人の誇り

母が常に愛読していたのは、女優沢村貞子さんの「わたしの茶の間」というエッセイ集でした。
母は沢村さんのような、明治生まれの気骨のある女性に憧れていたのかもしれません。
最近になって私も読んでみたのですが、平成を生きる上でとても、とても反省させられる内容でした。
沢村さんのエッセイにこんな文章があったので紹介しておきます。

・・・商人たちは、いつもほどほどの値でものを売っていた。自分たちの暮らしがたつほどの利益があればそれで結構。儲けすぎるのは野暮の骨頂というわけだった。(中略)金と引き換えに売る以上、それだけの価値が必要。ちゃちなものを高く売りつける、などという情けないことは・・・とても出来なかった。

みなさんはどのような姿勢で仕事と向き合っておられるでしょうか?
ちなみに私は「サービス」という商品を売っています。なかなかプロ意識を持つことは大変ですが、常に売る人の誇りを忘れずに仕事をしていきたいものです。

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2006年2月16日 (木)

虐待。

今の仕事に転職する前は派遣社員でした。私は地元人でしたが、ほとんどが外国人だったり、地方から仕事を求めて流れて来た人たちばかりでした。
ほんの数ヶ月間、いっしょに働くことになった沖縄出身のK子さん(24歳)は、やはりお金を稼ぐために本州に渡って来た女性でした。
明るく陽気で目鼻立ちの整ったスレンダーな彼女は、誰からも好かれ、特に男性社員からはモテモテでした。けれどK子さんは異性より、ちょうど10歳年上の私に対して心を開いてくれて、ランチの時には様々な体験談をしてくれました。
彼女の両親は幼い頃に離婚し、母親に引き取られました。母親はじきに再婚したのですが、その再婚相手(彼女にとっての義父)は、彼女が初潮を迎えた小6の頃から性的虐待を繰り返して来たそうです。
「お母さんに言わなかったの?」と聞くと、「言ってもムダ。見て見ぬフリだったから。」とのことでした。あまりの酷い過去に慰めの言葉も見つからず、絶句してしまいましたが、彼女はことのほかあっけらかんとしていて、「お金貯めてマンション買う。」と、とても前向きでした。
その後彼女は「もっと給料の良いところへ行く。」と言って上京してしまったので、今では何の音沙汰もありません。

短い期間に他人の私にあれこれネガテイヴな話をしたことも、もしかしたら同情を引くためのウソだったのかもしれません。
しかし、チラリと見せられたリストカットの痕は、今も目蓋の内側に焼きついてはなれないのです。

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2006年2月15日 (水)

ちびまる子ちゃん。

作者のさくらももこさんは、私の卒業した短大の先輩です。同じ短大の卒業生ということもあってよけいに親しみが湧き、さくらさんの著書をよく読みます。
「さるのこしかけ」というエッセイを読んだところ、面白いエピソードが載っていました。さくらさんは、デビュー当時担当編集者だった方と結婚するのですが、その後離婚してしまいます。しかし、それをまるで予想していたかのような人物がいました。それはかの有名な作家、遠藤周作さんです。
さくらさんは結婚直前に、たまたま遠藤周作さんと対談する仕事があったそうなのですが、同行した編集者(夫となる人)を紹介がてら、「今度結婚するんです」と打ち明けました。すると、対談終了後の帰り際に、「あの男、これから先、女を泣かせるよ」と、さくらさんに耳打ちしたそうです。
さくらさんにとっては迷惑な話だったと思いますが、物を書く人というのはやはり、人を見る目、洞察力という点でも優れているのかもしれません。

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2006年2月12日 (日)

スローハンドと呼ばれた男(3)

クラプトンは「麻薬浸け」という人生のどん底を味わい、友人の妻との報われない恋に苦悩し、成就した後でも離婚を経験し、愛息子(4歳)を不慮の事故で亡くすという数々の不運に苛まれて来ました。

お金があるということは楽しい。でも経験から痛いほどわかってる。お金で人生の苦しみ悲しみは取り除けないって。お金で心の支え、安心、愛情が買えると思うのは大間違いだ。

想像を絶するような辛酸と苦杯を舐め尽くした彼の言葉と、むせび泣くストラトキャスターが私の胸に重く響きます。

クラプトンは今もこれからも、あのスローハンドを続けてくれることでしょう。

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スローハンドと呼ばれた男(2)

クリームは、2年というわずかな存続期間で燃え尽きてしまいました。その後クラプトンは、半ばブーム化したコカインとヘロインに頼るようになります。
その一方で、ジョージ・ハリスンの妻パテイと不倫関係に陥
ってしまました。(これは有名な話ですよね。)その報われない恋をコンセプトにした作品が「いとしのレイラ」でした。
彼は70年代に突入すると、ほとんど世間から姿を消してしまいます。壮絶なドラッグ中毒と闘っていたのです。

問題だったのは、自分自身に向き合うことのできなかった自分自身の弱さだったんだ。

「ギターの神様」と崇められた人物でも、クラプトンほどのミュージシャンでも、自分に負けてしまうことがあったのです。私のような凡人が何度となく自分に負けてしまった二十代を省みた時、それは大したことではないのだと励まされます。大切なのは、「再生する」ことなのです。

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2006年2月11日 (土)

スローハンドと呼ばれた男(1)

私がまだ19歳の、花の短大生の時に恩師から勧められたのが、クリームの「クリームの素晴らしき世界」でした。それまで、ポップスとかニューミュージックと呼ばれた音楽しか耳にしたことのなかった私は、衝撃を受けました。
クリームは、1960年代にギターのエリック・クラプトン、ベースのジャック・ブルース、ドラムのジンジャー・ベイカーの3人で結成されたスーパー・トリオです。アルバム中の「ホワイト・ルーム」や、「クロス・ロード」の凄絶なる一体化は、ブルースでもロックでもない壮大な即興演奏を生み出しました。

僕は闇の中の旅を続け、そこがどんな感じなのか見つけ出そうとしていた。

先の見えない不安を抱えたあの頃、クラプトンの言葉を反芻しながら、何度となくこのアルバムを聴き、ヘヴィなギターリフの中にどうしようもない自己のはけ口を見出したのでした。

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2006年2月10日 (金)

三十路を過ぎて。

気持ちはいつも二十三歳ぐらいなのです。でも、現実として確実に年を取っています。いつまでも若さにしがみついていられないことを体感するのです。
美輪明宏さんの著書に、とても励まされる文章を見つけたので紹介しておきます。

若さは一瞬のものです。本当に考えなくてはいけないのは、オバサンになってからの時間のほうが長いということ。そして、それをどう美しく生きていくか。人間は骨董品のタンスと同じ。手間暇かけて作られたものは時間を経ても愛され続けるのです。自分を磨く時間を惜しんではいけません。

「自分を磨く」と言うことは、つまり、自分を向上させると言うことでしょうか。外見のそれより、内面の美しさを追求していきたいものです。

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2006年2月 8日 (水)

バレンタインデー。

仕事を終えて、夕飯の食材を求めてスーパーへ寄ると、フロアは半ばチョココーナーとなっていました。
今年もまたそんな季節がやって来ました。
世の女性は、きっと誰か大切な人のために買い求めるのでしょうね。
もらう側の男性の心境とは、一体どんなものなんでしょうか?
本命の彼女から贈られたチョコを前に、もったいなくて手をつけられないかもしれませんね。けれど、中にはもらって迷惑される方もいるはず・・・
そんなわけで、誰にも迷惑をかけたくない私は自分で自分にチョコを贈り、一足早いバレンタインデーを過ごしました。

孤独で、だけど優雅なひとときでした。

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2006年2月 7日 (火)

宇都宮M代さん。

もう20年以上も前のことですが、雑誌の文通コーナーで知り合いました。どんな内容の手紙を書いていたのかは、さすがに覚えていませんが、月に2,3回の割合で届くM代さんからの手紙を心待ちにしていました。
「M代さんて、一体どんな女の子なんだろう?会いたいなあ・・・」
と思いつつも、時は流れ、いつしかどちらからともなく手紙のやりとりがなくなりました。
当時M代さんは神戸に住んでいました。あの大震災の時、無事だったのでしょうか?

いつも可愛らしい便箋に、几帳面な文字でびっしり書いてくれたお便り、本当にどうもありがとう。
どうかこの日本のどこかで、元気に暮らしていますように。

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2006年2月 5日 (日)

種田山頭火。

今日は私の大好きな俳人を紹介します。
種田山頭火は山口県防府市出身で、優れた自由律俳句を作った人です。生前は、乞食同然の放浪の旅に身を置き、食うや食わずで野宿することも幾たびかあったようです。

けれど彼の日記には、何度も自分は幸せであるという記述が出てきます。

生い立ちを知れば知るほど、彼の人生は不幸そのものとさえ言えるのに、一体何故?

今年の私の年賀状には、この山頭火の一句を添えました。

窓あけて窓いっぱいの春

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2006年2月 4日 (土)

節分の日。

皆さんは巻き寿司を食べましたか?
私は関西の風習に習ってちゃんと食べました。
今年の恵方は南南東だそうです。その方位を向いて無言でかぶりつくのが良しとされているので、毎年試してはみるのですが・・・

それにしても今夜は冷え込みます。天気予報によると、日本海側は雪だそうです。

暦の上では立春ですが、本当の春はもう少し先のようです。

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