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2006年3月21日 (火)

告知

父の一周忌の法要を済ませたのを機に、母とともに遠州へと引っ越して来ました。母の実家とは目と鼻の先だったこともあり、住まいを移したことを本人はことのほか喜んでいました。
けれどそれから間もなく、母は体の不調を訴えました。近くの総合病院で検査をしてみたところ、即入院とのこと。主治医が何やら大事な話があるからと言われ、不安を覚えながらカンファレンスルームに入りました。そこには主治医と看護士が一人同席しました。
病院特有の淀んだ空気の臭いを嗅ぎながら、「一体何の話だろう?」と予測もつかないままぼうっとしていると、不意に先生が口を開きました。
「さて、お母さんの病状ですが、率直に申しますとあまり芳しくありません。」
その声は重くて、苦渋に満ちたものでしたが、でも冷静でした。
「手術をしたところで改善の余地はなく、おそらくこのまま見送ることになると思います。余命あと1年・・・いや半年というところでしょうか。」
母は末期ガンで、すでに手の施しようがなかったのです。
緊張で鳥肌が立ちました。地震でもないのに体がゆらゆらしているような感覚でした。耳の奥の方でキーンという実際には聞こえるはずのない音が聞こえて来て、その耳鳴りがいつまでも私を悩ませました。
「告知しますか?」
そう聞かれた時、私は思わず、
「いいえ、黙っていて下さい。お手数ですが、お願いします。」
と答えていました。
果たして告知しないことが正しかったのかどうかは分かりません。自分への言い訳になってしまうかもしれませんが、当時70歳だった母に真実を伝え、その明るさ朗らかさを奪ってしまう勇気がなかったのです。筋道立てて事実を知らせ、死と向き合う強さを要求することができなかったのです。

3月22日午後20時20分、母は逝きました。
あれから丸7年が経ってしまいました。

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