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2006年4月30日 (日)

カカオ70パーセント。

女性のみなさんに朗報です!
チョコは摂り方しだいでは太らず、ダイエット効果があるとか。太るのはウエハースやクリームなどとチョコをからめたお菓子に原因があるそうです。
なので「付加物の少ない、カカオマスの含有率の高いチョコを選ぶ必要がある」そうです。
私はこれに関する記事を読んで、すぐさまカカオ70%のチョコを入手しました。幸い、私の住む街に「成城石井」が出店してくれたおかげで様々な輸入食品が手に入るようになったのです。
ここでは、甘党の私でも充分楽しめるビターチョコを紹介します。
手頃な値段で、しかも食べ易く、しっかりカカオ分70%以上が含有されているもの、ベスト3です。

(1)ラウシュ・カカオコレクション アリバスティック (原産国ドイツ)
スティック状になっているチョコです。甘味も充分感じられ、何より、おいしい。

(2)ドロステ パステルロールエキストラダーク (原産国オランダ)
丸型の一口大になっているので、バッグに携帯していればいつでもどこでも食べられます。

(3)コートドールセンセーション・インテンス (原産国ベルギー)
食感が良い。とても食べ易いチョコです。

チョコレートに含まれるカカオマス・ポリフェノールはストレスの解消に効果があります。ダイエットには必ずついて回るストレスを緩和させるためにも、この「チョコ効果」は期待できそうです。
またチョコには豊富な食物繊維も含まれているので、便秘にも効果があるのです。
さらに、有害な活性酸素を抑制し、ガンの発生や悪化を抑えてくれるというわけなのです。
このようにつらつらとチョコを絶賛すると、ついつい食べ過ぎてしまいそうなのが我ながら恐怖です。なので、あくまで適度な量を守ってチョコを食べて行こうと思っています。

※ちなみにカカオ含有率が高くなると、渋みが強くなって甘党にはキビシイ食べ物になってしまいます。なので、60~70%ぐらいが一番食べ易いかと思われます。

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2006年4月29日 (土)

草取り。

猫の額ほどの庭ですが、毎年この時期になるとたくましい雑草が青々と生い茂るのです。もっと私が小まめに庭の手入れをする性質なら、そんな必要もなかったのかもしれませんが、今年は初めてシルバー人材センターの方へと申し込みました。
「庭の草取りごときで・・・」と思われるかもしれませんが、なかなか休日を使って草取りをするというのも億劫なものなのです。しかも私はムシ嫌いなので、草取りの最中に見たこともないようなムシと遭遇した日にはもうその場で固まってしまい、動けなくなってしまうのです。
それならばいっそのこと、お金を払って草取りをやって頂ければこれほど助かることはありません。
シルバーセンターから来られた方は、
「お茶は結構ですので。」と丁寧に断りのあいさつをすると、黙々と庭の端から草取りを始めました。
途中、私は買い物に出かける旨を伝えると、
「どうぞ出かけて下さい。こちらも5時には引き上げますので。」とのこと。
草取りをしている間じゅう、在宅していなくても構わないというのがとても助かりました。

これに味を占めた私は、また来年もシルバーさんにお願いしようかと今から思案中なのです。

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2006年4月28日 (金)

何かに追われて。

毎日が目まぐるしく過ぎてゆくのです。
朝、カーテン越しに射し込む日の光に目覚めた瞬間から戦闘態勢に入るのです。
何か余計なことを考えずに済むだけマシなのかもしれませんが、自分が自分でないような感覚に襲われることも少なくありません。
生活のために身を粉にして働くことはやむを得ないのですが、一日が終わって、疲れた体を引きずって立ち寄る場所と言えばミニストップ。
熟年の女性店員さんがとても感じが良くて、ついつい足を運んでしまいます。今の季節は「宇治抹茶ソフト」です。それをペロリと平らげてから帰路につくのです。
そんなにおいしい好物を食べた後でも、その余韻に浸ることすらなく、「帰ったらあれしなくちゃ」とか「これしなくちゃ」とか、もう次の用事を頭で整理する自分がいます。
いつも余裕のない私は、「自分」という得体の知れない厄介な生き物に振り回されっぱなしなのです。
幼いころは、もっと時間がゆっくりと過ぎていたような気がします。
同じ一日、24時間の繰り返しだというのに、大人になってからの時間はなんと早く過ぎてしまうことでしょう!?

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2006年4月23日 (日)

七転八起。

4月に入って職場に新しい職員が仲間入りしました。そのうちの一人は42歳、バツイチ子持ちの女性(Yさん)です。庶民的でざっくばらんで、飾らない人です。
お昼休憩になると、私もYさんも手弁当持参なので、よくいっしょに食べます。
Yさんはオープンな性格の人で、別れたご主人との馴れ初めから破局に至るまでを一部始終語ってくれました。
「結婚してから一度も優しくされたことがなかったの。」
何か気の利いた励ましの言葉でもとあれこれ考えているうちに、そんなことは無用とばかりにYさんはマシンガンのようにしゃべり始めました。
「だから次は思いっきり優しい人がいいと思って。今付き合ってるカレはスゴイ優しいの~」
思わずびっくりしました。ちゃっかりカレシまでいたのですから。Yさんはお世辞にも美人ではなく、どこから見ても「オバさん」タイプなのです。
私は恐る恐る出会ったきっかけを聞いてみました。
「う~ん、、まぁ一種のお見合いみたいなもの。ネット上でね。」
私はさらなるショックを受け、腰が抜けそうになりました。
「そりゃあ騙されそうになったことも何べんもあるし、ふられたことも何十回もあるよ。でもそんなことにめげてちゃイイ男なんか捕まえられないってば。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってやつよ、ハハハ・・・」
うわさではそういう出会い方もあるとは聞いていましたが、まさか身近にそんな人がいるなんて思いもしませんでした。
「あなたなんてまだまだ若いんだから、いくらでも見つかるわよ~。いっしょにガンバロウ!」
私は激励を受け、男性と接した際の傾向と対策まで伝授されました。
これで私の男性を見る目も確かなものになった(?)ような気がします(笑)

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2006年4月22日 (土)

レモン哀歌。

純愛と夫婦愛の象徴ともされている「智恵子抄」。中でも有名なのは智恵子の死を優しく、けれど冷静に見守る光太郎の想いを綴った「レモン哀歌」です。
光太郎、すなわち高村光太郎は東京都出身で、東京芸大卒の彫刻家であり詩人でもあります。代表作に「道程」「智恵子抄」等があります。
一方、妻智恵子は福島県出身の才女で、27歳の時光太郎と婚約します。が、実際に入籍、婚姻関係(戸籍上)を結んだのは47歳になってからのことです。智恵子は、父の死と共に実家の倒産が重なって、心労からなのか、精神分裂症の兆候が出始めます。
「レモン哀歌」は、そんな智恵子が当時品川区にあったゼームス坂病院にて52歳の短い生涯を終えるに当たって、光太郎がその死の瞬間を描いた作品なのです。
私たちはこれ程までに人の死を、深い優しさと安堵感を持って看取ることができるのでしょうか?

       レモン哀歌
       Ode to the Lemon

そんなにもあなたはレモンを待っていた
So desperately you wanted a bite of lemon
かなしく白くあかるい死の床で
In your dying bed bright with white linen
わたしの手からとった一つのレモンを
You took the lemon from me
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
And bit it firmly with your pretty teeth
トパアズいろの香気が立つ
The room was filled with refreshing lemon flavor
その数滴の天のものなるレモンの汁は
The juice of the lemon
ぱっとあなたの意識を正常にした
brightened you up
あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
Your clear blue eyes slightly smiled at me
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
You took my hand with all your power
あなたの咽喉に嵐はあるが
Though your throat is severely hurt
かういふ命の瀬戸際に
On the verge of death
智恵子はもとの智恵子となり
You are the Chieko I used to know
生涯の愛を一瞬にかたむけた
You gave me all your love at that moment
それからひと時
Then for a moment
昔山頂でしたやうな深呼吸を一つして
You took a deep breath like you did on the mountain top
あなたの機関はそれなり止まった
And you stopped breathing
写真の前に挿した桜の花かげに
I put a lemon under the cherry blossoms
すずしく光るレモンを今日も置こう
placed in front of your picture, Chieko...

※英訳協力・・・恩師T先生

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2006年4月20日 (木)

I don't believe me!

名著と謳われるものを何十冊も読んだところで、共感できるものでなければなかなか自分の中に吸収できるものではありません。
その点、マルチタレントのみうらじゅんさんの書いた軽いタッチのエッセイ集は、「目から鱗」の内容がふんだんに盛り込まれていて、読後は確実に「自分のモノ」になります。
衝撃的だったのは、「自分とは何ぞや?」は人生のテーマだと信じていた私の固定観念を覆す、文庫本のあとがきの一節でした。

自分探しなどというのは、他人に「私はこんな人なの」と、熱く語ることであって、自己反省の意味は含まれていないのです。「きっと私にはこんな可能性あるはず」とか、「もっと、まわりが自分に気付いてくれるべき」とか、自分を探せば探すほど現状に不満が湧いてくるものです。
いっそのこと自分など探さなくていいと思います。それより早く自分を諦めた方が賢明。自分なんて思ってる以上に大したことがないと強く思うことが肝心なのです。(「Love」あとがきより)

このような、既成の考えをやんわりと否定した生き方もあるのかと驚きました。いつも目標を高く設定し、常に向上心を持つことが最善だと思っていたのですが、これにより、だいぶ気持ちの持ち方が楽になりました。分相応の生き方で充分なんですよね。

ちなみにみうらさんの人生のスローガンは、

I don't believe me!

だそうです。それはそれで、強い信念のようにも思えます。

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2006年4月19日 (水)

語学修得のヒント

4年程前に、恩師T先生が年賀状代わりにくれたお便りの内容が素晴らしいものだったので、ここに紹介しておきます。
この先、英語等の語学を修得されようとしている方に少しでも参考になれば幸いです。

ピーター・フランクルさんは、数学者・大道芸人の肩書きを持つ人です。出身はハンガリーで、両親はユダヤ人です。母親はアウシュヴィッツ収容所から生還しました。父親は「人間の財産は知性と心だけだ。」という信念の医者で、貧しい人からは診療費を取るどころか、お金を恵む人だったそうです。したがって、決して裕福な家庭ではなかったそうで、亡くなった時にも、ピーターさんが相続税を払うような財産は何一つとして残さなかったそうです。そのピーターさんは、母国語ハンガリー語以外に、11カ国語を話します。(中略)そんな彼が語学修得のポイントをいくつか述べてくれました。
①強い目的意識を持つこと。(これなしでは何事も身につかない。)
②短期集中型の学習が望ましい。
③自分に合った学習方法で継続すること。(会話学校・テレビ講座・独学などから選ぶ。)

さらに、T先生は英語教育におけるポイントを次のように語っています。

英語教育で大切なのは、単に英語が話せるとか書けるだけの能力を身につけさせることではなく、何を発信するかである。鈴木孝夫さんは、著書の中で「英語で何を習うかより何を発信するかが重要だ」と述べておられる。発信力の育成は英語教育の究極の目標の一つとするべきだ。

※T先生は、上智大学卒。アメリカ留学経験あり。英検1級取得者。教員退職後、塾の経営者であり、中学校の非常勤講師として教鞭を取っておられます。

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2006年4月18日 (火)

墓石ディレクター。

友人のK美さんは保育士をしています。短大の保育科を卒業している彼女には、保育士という資格があるのでその専門性を活かせることがうらやましくて仕方がありませんでした。
私には資格らしい資格もなく、せいぜい社会人になってから介護ヘルパー2級を取得したぐらいです。せっかく通信教育で10万円近くも支払って取得したものの、実際に老人施設で体験学習に参加すると、自分にはつくづく向いていないことを実感してしまいました。
「一体自分にはどんな職種が向いているんだろう?」
時を同じくしてK美さんも自分の保育士としての適合性に悩んだ時期がありました。専門職に就いてしまったことで、「つぶしがきかないのでは?」と焦りを覚え、どこから情報を得たのか「墓石ディレクター」なる資格についての話を小耳に挟んで来ました。
K美「ねぇ、墓石ディレクターの資格を取ってみない?」
私 「えっ!?それって何!?」
簡単に説明すると墓石ディレクター2級というのは、お墓についての幅広い知識とか教養を身につけている者かどうかを審査する資格とのこと。

その後、結局K美さんは保育士を続け、墓石ディレクターの資格取得は断念したようです。
でも最近K美さんは、
「お墓買ったんだけど、ローンがたいへ~ん!」
と言っていました。
やれやれです・・・

※ちなみに墓石ディレクターは、その関係の仕事に携わっている方のみに受験資格が与えられるそうです。

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2006年4月17日 (月)

甘党。

酒もタバコも男も(?)やらない私ですが、そんなストイックな私でも甘い物にだけは目がありません。
最近では、老舗の和菓子屋さんで桜餅と草餅を買うのが恒例になっています。上品な甘さがお茶請けにピッタリなのです。
仕事で疲れた時など、家でのんびりくつろぎながら食べると、至福のひと時が味わえます。
飲み物は決まってホットコーヒー。それもブラック。ふだんは花粉症を改善するためにせっせと甜茶を飲んでいるものの、甜茶そのものに甘味があるため、甘い物と甜茶の相性は今一つなのです。
その点コーヒーは和菓子によく合います。私が飲んでいるコーヒーなんて単なるインスタントですが、部屋いっぱいに広がるその香りは、
「今日も一日無事に終わったなぁ。」
という安心感をもたらします。
女性のみなさんは、(私もそうですが)甘い物を食べるとついつい吹き出物ができたり体重が気になったりで、なかなか気楽に食べられません。ですがたまには日頃頑張っている自分にごほうびとして与えるのも、良いストレス解消になるかもしれません。
(もちろん、甘い物の摂りすぎは体に良くないので、気をつけなければいけませんが。)

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2006年4月16日 (日)

三十にして立つ。

こうすれば良かった、ああすれば良かったと後悔することが多々あります。
後悔したところで時間は取り戻せないので、クヨクヨするだけムダなのですが・・・
成長のない自分がたまらなくイヤになり、もっと自分を律したい気持ちに駆られることがあるのです。
そんな時、孔子の「論語」を思い出します。「論語」なんて、まともに読んだら面白くも何ともありません。せいぜい高校時代に習った古典の授業風景が懐かしく過ぎる程度です。

子曰く、吾れ十有五にして学に志す。
三十にして立つ。四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。六十にして耳順がう。
七十にして心の欲する所に従って、矩をこえず。

未だ生を知らず、いずくんぞ死を知らん。

孔子ほどの偉人でさえ、人生に節目をつけることで自分を律して来たのです。一生を無意味に流されることなく、少しずつ区切ることでその都度自分と向き合って来たのでしょう。
ならば私のような凡人はもっと時間をかけて、自分独自の生き方、考え方が出来るようになりたいものです。
様々な宗教で、死後の世界や死の意味について多くを語っているのですが、孔子だけは「死とはどんなものかなんて、分からない」と断言しています。

私もこの孔子に倣って、見栄や外聞などに左右されず、「分からないものは分からない」と言える強い精神を持ちたいです。

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2006年4月15日 (土)

緊急連絡先。

町内会の世帯名簿作成の時や、職場などで、
「緊急連絡先を教えて下さい。」
と、言われました。私はケータイを持っていないのでこういう場合、本当に困ってしまいます。特に職場に提出する書類には自宅以外の緊急連絡先を記入しなければいけないので、どうしたものかと悩んでしまうのです。
東海大地震など近い将来起こりうるだろう震災を見越してのことだと思うのですが、もし万一自分がそのような災害に巻き込まれた場合・・・
結婚していたらたぶん、配偶者の職場を緊急連絡先に指定していることでしょう。でも私は未婚。両親は既に他界。
悩みに悩んだ末、叔母の家の電話番号をお借りすることにしました。
でも私には緊急連絡先なんて、あってないようなものなのです。

世の中には私と同じような境遇の人がたくさんいると思います。一体その人たちは、緊急連絡先をどのようにしているのでしょうか?

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2006年4月13日 (木)

メル友。

友人のK美さんは、想いを寄せる男性とメールのやりとりをしています。
彼は奥さんと死に別れていてしかも二人の子持ちです。
K美さんとしては、会えない時などせめて電話で何気ない会話を楽しみたいようなのです。けれど彼は9時になると、子供たちを寝かしつける傍らで、自分もいっしょになって寝てしまうとのこと。
仕方がないのでK美さんはメールであれこれ近況を知らせてみたり、彼のことを気遣ったり心配してみたりするのです。
K美さんが3回メールしたうちの1回程度に返事が届くそうです。
最初はそれでも「メル友」になれたことで胸がいっぱいだったのです。ところが人間には「欲」というものが出てきます。
「メル友」だけの関係では満足できなくなってしまうのでしょう。いろいろな意味で、彼ともっと近付きたいのだと思います。
「一体、あたしたちって何だろう・・・?」
その問いは、彼とK美さんの間でいつも揺れ動く問題です。指一本触れて来ない彼に対してK美さんとしては、複雑な想いがよぎります。それだけ彼がK美さんを大切にしている証拠とも思えるのですが・・・
スタンダールの「恋愛論」に寄ると、

恋するとは、自分が愛し、愛してくれる人に、できるだけ近く寄って、見たり触れたりあらゆる感覚をもって、感じることに快楽を感じることである。

とあります。とすると、恋愛というのは頭であれこれ考えた理屈ではなくて、もっと感覚的なものなのかもしれません。

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2006年4月11日 (火)

わたしと小鳥とすずと

モデルのような美しさを持たなくても、頭脳明晰でなくても良いのです。誰かと比較して欠点だらけの自分を嘆く必要はありません。人はそれぞれに長所もあれば短所もあるのです。完璧な人間なんてロボットみたいに無機質で、かえって面白味に欠けてしまうと思います。
こんな当たり前の理屈さえもついつい忘れがちになってしまう昨今、金子みすゞさんの詩と出会いました。
金子みすゞは山口県長門市出身の童謡詩人です。女学校を卒業後、小さな書店で働く傍ら、「婦人倶楽部」や「婦人画報」などに童謡を投稿。たちまち採用されて詩人の西條八十より「若き詩人中の巨星」と絶賛されます。
しかし結婚後、文学にまるで理解のない夫に創作活動を禁じられ断念。離婚後は、いやがらせのように愛娘を奪おうとする夫に抵抗、カルチモンを飲んで自らの命を絶つという壮絶な最期を迎えます。
ここでは、小学3年生の教科書(光村図書)にも掲載された「わたしと小鳥とすずと」を紹介しておきます。

わたしが両手をひろげても、
お空はちっともとべないが、
とべる小鳥はわたしのように、
地面(じべた)をはやくは走れない。

わたしがからだをゆすっても、
きれいな音はでないけど、
あの鳴るすずはわたしのように
たくさんなうたは知らないよ。

すずと、小鳥と、それからわたし、
みんなちがって、みんないい。

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2006年4月 9日 (日)

休日出勤。

ローテーションで月に2回ぐらい休日出勤があります。
今日は日曜日でしたが私の当番だったので出勤しました。
窓口に座ってひたすらお客さんが来るのを待つのですが、平日に比べるとグッと来客数は少ないのです。
私の他には同僚で40代の女性職員一人と、シルバー人材センターから来ている60代の男性、それに派遣社員の20代の女性一人というメンバーでした。
「お花見行きたいやぁ。」とぼやく同僚はケータイのメールを打つのに夢中でした。私は私で外を行き交う人々をぼんやりと眺めていました。人間ウオッチングというほどのものではありませんが、それぞれに違う歩き方や顔つき、服装などで、いろいろな想像をめぐらすことができるのです。
「カワイイ服着てるな、もしかして彼氏とデートかな?」とか、
「慌てているけど、電車に乗り遅れそうなのかな?」あるいは、
「誰かと待ち合わせかな?」
「顔色悪いけど生理なのかな?」などなど・・・。

たまにはこういうのんびりとした状況も良いものです。殺伐とした環境が続くと、顔は険しく、態度は横柄になり、相手を思いやれなくなってしまうので不思議です。

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2006年4月 8日 (土)

人間はつらいよ・・・

「好きな俳優さんは?」と聞かれたら迷わず、「渥美清さん。」と答えます。
渥美清さんと言えば「男はつらいよ」です。男はつらいよのシリーズはビデオでほぼ鑑賞してしまいましたが、中でも忘れられない一作と言えば、第18作「寅次郎純情詩集」です。この作品は1976年12月25日に封切られたものなので、もちろんリアルタイムでは見ていません。
シリーズ中この作品が異色であると感じてしまうのは、マドンナが病気で亡くなってしまうという結末を迎えるためだと思います。本来ならマドンナは寅次郎以外の男性と結ばれてしまい、寅さんは傷心を負って旅に出るというのがパターンなのです。そのため余計にインパクトを受けた作品でした。
この回でのマドンナ役は京マチコさんで、病気がちでもう何年も入院をしていた良家のお嬢様という役柄です。
寅さんはこの上品で世間ズレしていない綾さん(京マチコ)に夢中になってしまいます。
ある時、綾が自分の死期の近いことを察してか、何気なく寅さんに問いかけるシーンがあります。

綾「人間は・・・なぜ死ぬんでしょうね・・・?」
寅「人間・・・?う~ん、そうねえ(略)人間がいつまでも生きていると、あのー、こう、丘の上がね、人間ばっかりになっちゃうんで、うじゃうじゃうじゃうじゃ、面積が決まっているから、で、みんなでもってこうやって満員になって。
(略)ほら、足の置く場所もなくなっちゃって。(略)まあ、結局そういうことになってんじゃないですかね、昔から。」

この寅さんの単純明快な回答は、私の心に一筋の光が射したような心地がしました。
「人はなぜ死ぬのか」を追求した時、いつも自分は暗く絶望的な気持ちに陥ってしまうのです。けれど人が死なずにずっと生きていると、そこらじゅう人間だらけで足の置き場もなくなってしまうから順番で死んでいくようになっているのだ、と言われたら妙に納得してしまったのです。

人間とは「考える葦」のせいか、つまらないことにとらわれて大切なことを見落としてしまいがちなんですよね。

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2006年4月 4日 (火)

家庭教師。

学生時代に家庭教師のアルバイトをしていました。
当時小学3年生だったN雄くんに国語と算数を教えていたのです。
とても純真で素朴な小学生だったので、N雄くんと打ち解けるのにそれほど時間はかかりませんでした。
「将来は何になりたい?」と聞くと、
「う~んと、とこやさん。」と、教えてくれました。
N雄くんのお母さんは気さくな人で、毎回夕飯に誘われましたが、その度に断っていました。けれどたった1度だけ帰りのバスに乗り遅れてしまい、夕飯をごちそうになったことがありました。
その際、N雄くんのご両親、N雄くん、それに私という顔ぶれで食事をしたのですが、話題と言えば一人息子であるN雄くんの進学についてのことばかりでした。私立中学へ入れたいというご両親の熱意。とりわけお父さんは中学校もろくに出ておらず、社会人になってからとても苦労されたとのことでした。
「なにしろ学歴がないというのは進路の選択肢も限られてしまうんですよ。」
お父さんは熱く語ってくれました。
N雄くんはお世辞にも勉強はできる方ではありませんでした。1年生程度の漢字も書けないし、掛け算の九九もきちんと暗唱できていなかったのです。けれど性格は明るく、朗らかで、とても気持ちの良い子でした。
N雄くんのお父さんは帰り際に名刺をくれました。
「何かありましたらいつでもご連絡下さい。N雄がいつもお世話になっているご恩返しをさせて頂きます。」
と、まるで一昔前の仁侠のようなセリフでした。それもそのはず、何かの思想、もしくは宗教団体に属していることが丸分かりの名刺だったのです。

N雄くんは今24歳ぐらい。ご両親の期待を背負ってどこか一流大学へ進学し、一流企業へと就職したのでしょうか?
でも私としては、N雄くんが小さな床屋さんの店主として働いている姿を想像してしまうのです・・・

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2006年4月 2日 (日)

青汁。

ここのところ野菜不足が深刻なのです。野菜が高いということもありますが、サラダなどで食べるには限界があるし、何より飽きてしまいます。
お味噌汁を具だくさんにして野菜を摂るようにしてみたりもするのですが、なかなか習慣化できず困っています。
そこで思い切って「青汁」を飲むことにしてみました。
数ある青汁の中で私が選んだのは、地元静岡の製茶工場で製造販売されているものです。
ケールが原料なのですが、飲みやすくするために静岡県産の緑茶がブレンドされています。粉末タイプなのでお水や牛乳に溶かして飲めば、いつでもどこでも手軽に野菜を摂取できるというわけです。
粉末30包入り1箱を買ってみたので、1ヶ月間青汁を飲んで野菜不足を解消してみようと思います。

これであと、体重も3~4kgほど落としたいのですが・・・

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2006年4月 1日 (土)

100円ショップ。

今日は天気にめぐまれたので、自転車で15分ほどの所にあるダイソーまで行って来ました。
見る物全てがどれもこれも100円だなんて夢のよう!
私はたっぷりと時間をかけて店内を回りました。
まずは文具コーナー。今年度も役員を引き受けた都合で会合の度に書類が増えていくため、その整理用にクリアファイルを1冊。
それから衛生用品コーナーにて使い捨てマスク(10枚入り)を1つ。花粉症の季節には必需品なのです。
食品コーナーではムーミンビスケット(ココア味)を2箱。これは単におやつに食べようと思い、カゴに入れてしまいました。
最後にレジの近くでスマイリーのガスマッチを1つ。毎朝、仏壇にお線香を上げる度にマッチの燃えカスが増えていくので、思い切ってライターにしてみようと思ったわけです。
こんなに買っても税込み525円だなんて、とてもありがたい気持ちでいっぱいです。
帰りはすぐ隣りのフロアのお惣菜売り場で、「春の天丼弁当」を買って遅い昼食を摂りました。

私の休日なんてこんなものですが、こののんびり観が最大の癒し効果につながるのです。

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