« 深い河。 | トップページ | 三顧の礼。 »

2006年9月 4日 (月)

恋文。

私が思春期の苦悩に苛まれている時、この作品が巷で静かな話題をよんでいました。
実際に手に取って読んでみたのは、二十歳になってからです。
その時のこの「恋文」に対する感想と言えば、登場する男性がどこか儚げで、脆く、反して女性は芯が強く、大人だなぁと感じたことです。
全体を通してロマンティックで耽美な空気が漂い、流れるように読み易いのです。でも当時の私としては、スリリングで危険さをはらんだミステリアスとラブを求めている年頃だったせいか、あまり印象に残る小説ではありませんでした。この小説に登場する異性(私にとって)は、必ずしも納得できる、いわゆる理想像とはかけ離れていたため、どこか否定的な見方をしていたのです。
ところが三十代も半ばになった今、改めてこの小説を読み終えてみると、二十歳の頃に抱いていたわだかまりがみるみるうちに溶けていくような気がしました。

作者の連城三紀彦は名古屋市出身で、早稲田大学政経学部を卒業しています。1984年にこの作品「恋文」で第91回直木賞を受賞しました。
他の代表作に「戻り川心中」「変調二人羽織」等があります。
氏は浄土真宗の僧侶でもありますが、作品そのものに宗教色は感じられません。ストイックな精神を貫いてなのか、いまだ独身。自身が高齢のお母様の介護をされているそうです。

年を経てこの「恋文」を読んだ今言えること。
それは「優しさは罪」であるということ。
もしあなたのご主人、あるいは彼氏のところに、白血病で余命幾ばくもない女性が十年ぶりに訪ねて来たらどうしますか?
その女性の最期を看取りたいと家出し、別れて欲しいとご主人(彼氏)が言い出したらどうしますか?
この作中の妻のように、病気の女性を見舞い、夫とその女性の結婚式のために「ラブレターよ」と言って離婚届を渡すことができるでしょうか?
「恋文」には他4編の短篇小説が収められていますが、どれも秀逸です。
大人の純愛を堪能することができるはずです。

|

« 深い河。 | トップページ | 三顧の礼。 »

コメント

不条理。
それがまかり通るのが世の中。
藤村操が「不可解」といい、芥川が「漠然とした不安」といい、言葉に違いはあるものの、つまりは「不条理」。
実に達観していたのは漱石で、今更ながら草枕に真理を読みます。
それにしても生きていくのは大変なことですね。我ながら自分にいたわりの言葉を贈りたい気分です。
自分の苦労は自分でしかわかりませんから。
さんとう花さんも、ご自身にいたわりの言葉をおかけくださいな。
それが自愛。
残暑厳しき折、肉体も精神もご自愛専一にお励みあれ。

おまけ、昭和7年9月5日の山頭火の句をふたつ。
「待つともなく三日月の窓をあけてをく」
「三日月、遠いところをおもふ」
小郡はキレイな三日月、山頭火は待ち人来たらずで失意のうちに上記を詠みました。
其中庵の造庵を前に多少品行方正な彼はカルモチンにもたよらず悶々と夜を過ごします。
そこには愛すべき山頭火がおります。

投稿: ぱち | 2006年9月 5日 (火) 06:32

パチニクさんこんばんは(^o^)
コメントどうもありがとうございます☆
世の中には「不可解」なこと、「不条理」なことがたくさんありますね。みんな様々な想いを抱きながら日々を淡々と過ごしているのかもしれません。
少し前なら全く理解出来なかったことも、時間の経過とともに分かるようになるのかもしれませんね。
パチニクさんもくれぐれもお体大切にネ☆

投稿: さんとう花 | 2006年9月 5日 (火) 21:13

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 恋文。:

« 深い河。 | トップページ | 三顧の礼。 »