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2006年10月28日 (土)

窓辺の灯。

「音楽の都、浜松」
ヤマハ(楽器)の本社がある影響なのか何なのか、JR浜松駅前はいつもストリートミュージシャンとそれを囲む聴衆とで賑わっています。
私はその人ごみを縫って、立ち止まることなく通り過ぎて行くのです。

スタバに入って、いつも注文するのはバナナケーキとホットコーヒーです。座る席もたいてい決まっていて、窓際のどこか空いている席。
スタバが居心地の良い理由は、年齢や客層が限られていないことかもしれません。五十代ぐらいのビジネスマンも新聞を広げてくつろいでいるし、若い男女がデートを楽しむことも出来るし、私のような三十代の女性も一人で気兼ねなくコーヒーとケーキをいただくことが出来るのです。
ガラス窓の向こうは、絶え間なく行き交う人々、そして歩道には街路樹の落葉がもう散らばっていました。
私の隣りのテーブルには四十代と思われる男女のツーショットが、何やら親密に話し込んでいました。おそらく夫婦ではないでしょう。
二人には世界があって、隣りで本を読む私のことなど眼中にはなかったことでしょう。それこそが恋する二人に与えられた特権なのですから、何ら問題はありません。
ただ、私の中で彼らをうらやむ気持ちは不思議と起こりませんでした。
それは虚勢でも意地でもなく、刺激的で甘美な気分さえ少しも感じられませんでした。
印象に残ったのは、男性が身につけていたゴールドのブレスレットと女性の脇にあったヴィトンのバッグだけ。
ただそれだけでした。
私はナイフを使わず、フォークだけでバナナケーキを突きながら、「窓辺の灯」を読みました。
これは、カポーティ短篇集に収められた一作です。

トルーマン・カポーティはアメリカの小説家で、ルイジアナ州ニューオリンズ出身です。カポーティの両親は幼少のころ離婚していて、後年、彼の母親は自殺しています。
親戚中をたらい回しにされたカポーティに学歴はなく、ただ夢中になって読み耽った読書歴があるのみです。
作家になってからは「麻薬常用者」であるとか「アル中」だなどのゴシップが彼に付きまといます。
また、作品からカポーティがホモ・セクシュアルであったことが察せられるため、高い評価を受ける一方で、生理的に嫌悪されてしまう作家でもあったようです。
代表作に「ティファニーで朝食を」「冷血」等があります。

作中の「わたし」は道に迷って、猫好きの一人暮らしの老婆に一夜の宿を借りるのです。
「わたし」は老婆の親切心にこう感じています。
「・・・家の戸を真夜中に見ず知らずの男が叩く、老婆はドアをあけるだけでなく暖かく中へ招じ入れ、一夜の宿を貸す。もしわれわれの立場が逆だったなら、はたしてわたしにそれだけの勇気があったかどうか疑わしい・・・」
しかしその老婆には秘密がありました。
孤独と静寂さを紛らわしてくれる猫たち(過去に亡くなった)を冷蔵庫いっぱいに冷凍保存していたのです。
私は、限りない優しさと暖かさは、狂気と表裏一体なのではなかろうかと思いました。
このカポーティらしい皮肉と冷静さは、たった数ページの短篇作品に濃縮され、良い味の風味を醸し出しているのです。

風の吹く冷たい夜、暗い夜道を彷徨っている時、「窓辺の灯」は私を照らしてはくれないのでしょうか?
たとえそれが狂気の沙汰であってもかまいません。
必要以上の優しさと暖かさに包まれてみたいものです・・・。

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2006年10月26日 (木)

国境の南、太陽の西。

人間とはなんと貪欲で、業の深い生き物なのでしょうか。
一時は夢中になって、恋焦がれて、「この人しかいない。」と心に決めて結婚するのです。
その後、自分は夫(妻)となり、できは悪いけれど可愛い子供も誕生するのです。
絵に描いたような家族を手中にしながらも、心は全く別の欲望に向かおうとしているのです。
決して現状に不満を抱いているわけではないと思います。
ただ、抑えようもない精神の枯渇と、愛への反逆かもしれません。

私は村上春樹の「国境の南、太陽の西」を何度となく読み返してしまうのです。
私は主人公の「僕」に、知らず知らずのうちに自分をリンクさせてしまうのです。
「僕」が私と同じ一人っ子であること。
そのことで昔からコンプレックスを抱いて来たこと。(一人っ子というだけで親から甘やかされて、おそろしくわがままだという先入観を持たれるので。)
本を読むのが好きで、洋楽も聴くこと。
異性の外面的な容貌にはさほど魅力を感じることがなく、何かしら惹きこまれて行く官能的なムードに弱いことなどです。

作者の村上春樹は京都市出身で、早稲田大学第一文学部演劇学科を7年もかけて卒業しています。
代表作に「ノルウェイの森」があり、サリンジャーの「キャッチャー・イン・ザ・ライ」などの翻訳も手掛けています。
今年2006年の3月には名誉あるフランツ・カフカ賞を受賞しています。

いつもならここで作品のあらすじを紹介するところなのですが、今回はそれを控えたいと思います。
独特の空虚感と喪失感を持った村上作品を、私なりの解釈で簡単なあらすじにすり替えてしまうことが、とても怖いからです。

「僕」の感じていた自らの不完全さを、私もずい分と昔から感じていました。それは漠然としていて、一言では表現出来ない、不完全な風景なのです。
無防備だった私が、初めて男性のアパートを訪れて、約束していたビデオをわくわくしながら観ていると、隣りに座る彼の股間はジーンズがはちきれそうなほど隆起していて、思わず私は愕然としてしまったあの頃。
一体彼のジーンズの中に何が隠されているのか知りたくて仕方がない衝動に駆られてしまったのです。
でも不完全な私は、それが一体何を意味するものなのか分からないばかりでなく、自分がどんな目的地にたどり着きたかったのか曖昧だったのです。
私はいつの頃からか、その不完全さを埋めるために必死で何かを貪るように求め始めたのです。

私の友人K美さんは「ハルキスト」なので、村上作品に幾たびか登場する影のある女性に憧れています。
なのでK美さんは「日陰の身」に自らを埋没させようとしている節さえ感じられるのです。
たとえ自分が妻という立場になれなくても構わない、彼から一身に愛を注がれるのであればそれも本望、と言った感じなのです。
その愛は幻想的でドラマチックでしかも官能的かもしれません。
私は「国境の南、太陽の西」をそういうK美さんを含めた危険な恋に身を滅ぼしかねない男女におすすめしたいのです。

ラストはやはり、「僕」は愛する妻の元へ帰ってゆくのです。
愛し、愛される資格などない「僕」かもしれません。でも「夫婦」という絆が不完全な「僕」に安息の地をもたらしたのだと思います。

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2006年10月21日 (土)

解夏。

愛しているから、別れよう。
愛しているから、別れない。

人はもし、自分にとてつもないハンディがあった時、それを愛する人に隠し通して幸せになどなることができるのでしょうか?
たとえそれが身体的な問題ではなくても、心に大きな問題を抱えている時、愛する人を巻き込んで良いのでしょうか?

私は「解夏」を観ました。
この映画は2004年に公開されました。原作はさだまさしで、同名小説を映画化したものです。監督は「がんばっていきまっしょい」の磯村一路です。
出演は大沢たかお、石田ゆり子、松村達雄、古田新太などです。
では、あらすじです。

都内で小学4年生の担任をしている隆之(大沢たかお)は、いつごろからか、口内炎や頭痛、視力の低下に不安を覚え出す。
思い切って幼なじみの眼科医(古田新太)に診察をしてもらうと、難病のベーチェット病であることが判明。この病気にかかると、視力を永久に失ってしまうというものだった。
いつ失明してしまうともしれない恐怖に怯えながら、隆之は小学校の教師を辞職する。
恋人の陽子(石田ゆり子)は急遽、留学先から帰国し、隆之の側で彼を支えようとする。
隆之は故郷の長崎へと帰ることを決意し、都内のアパートを引き払う。
隆之は陽子を失ってしまうことに深い絶望を感じた。しかし、いずれ失明してしまう自分といっしょにいるより、もっと別の形の幸せが彼女にはあるのではないかと、陽子と距離を置こうとする。
ある日、長崎へ戻った隆之の元へ、追いかけるようにして陽子が訪ねて来る。陽子は誰よりも隆之を愛していた。いずれ視力を失くしてしまう隆之の「目」になりたいと思ったのだ。
隆之は複雑な心境を抱きながらも、陽子の優しさに触れながら、故郷長崎の街並みを最後の視力で焼き付けようとする。
ある時、隆之と陽子は聖福寺付近を散歩していると、隆之が突然の発作でその場に倒れ込む。
偶然にもそれを目撃した林という老人(松村達雄)に声をかけられ、お寺で休ませてもらうことにする。
お茶に呼ばれた隆之は、その老人になぜか自分の病いを告白してしまいたい心境に駆られた。
老人は隆之の告白に一部始終耳を傾け、やがて「解夏」についての話を語り聞かせる。
失明したその瞬間にそれまでの恐怖から解放される、その日が隆之にとっての「解夏」であると。
隆之の視力は日増しに狭くなり、やがて視界の全てが霧になろうとしていた。
隆之は、努力してもどうすることもできない今の状況と、恐怖と絶望のうちに父親の墓前で泣き崩れる。

「解夏」というのは仏教用語で、禅宗の修行僧が夏の90日間に行う安居という修行のことで、それが終る時のことを言います。(始まる時は「結夏」と言います。)
作品では、失明という恐怖、苦悩から解き放たれ、新たな出発をする日のこととして描かれています。
この映画に役者としての演技力を追求してはいけません。特に、主人公(隆之)を誰よりも愛し、精神的にも身体的にもサポートせねばならぬはずの陽子役を演じた石田ゆり子には愕然としました。何と言う表情の乏しさ、表現力の鈍さ。・・・とても、とても残念でなりません。
しかし、林という老人(郷土史研究家)役の松村達雄が登場するなり、映画に生命が吹き込まれました。
松村達雄は、「男はつらいよ」シリーズの2代目おいちゃん役としても有名な、名脇役でもあります。すでに2005年に他界していますが、この飄々とした演技と、観る者を惹きつけて止まないセリフの言い回しは秀逸です。

この作品のテーマは「愛」だと思います。
私がそれについてあれこれ評するより、原作者であるさだまさしの言葉を引用した方が相応しいかと思いますので、「すろうらいふすとーりー」より一部を抜粋させて頂きます。

人によって「愛」の感じ方は違う。
心に目盛りなど無いからこういう事が起きる。それぞれの価値観で計るからだ。
「アイ・ラヴ・ユー」を「あなたを愛している」と訳すよりも、二葉亭四迷のように「死んでもいい」と訳した方が伝わりやすいではないか。
ならば「愛」と言わず、目盛りになる言葉を使ってみたらどうだろう。
例えば「たいせつなひと」、或いは「代え難いひと」と。

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2006年10月18日 (水)

窓の向こう側。

昨日は朝から窓口業務はてんてこまいでした。
クレームの処理に始まり、クレームの処理で終ったような気がします・・・。
「申し訳ございません。」
「大変失礼いたしました。」
「もうしばらくお待ちください。」
誰かの責任でも、対応した私が全てを負わねばなりません。
プライドのある他の同僚たちは、決して頭を下げません。
他人のミスは他人のミス、自分のミスも他人のミス。
やりきれない気持ちもありますが、こういう時しか出番のない自分なので、全てを穏便に丸くおさめようと、全力でクレーム処理に立ち向かうのです。
弁解など必要ないのです。
ただひたすら受け止めるだけ。
そしていつの間にか、自分という人格は破壊されていくのです・・・。

しかしこんな時は、プライベートでも似たような状況に陥っていることが多々あります。

昨日は親友のK美さんのお見合いの日でした。
私はいてもたってもいられず電話してしまいました。すると彼女は妙な落ち着きぶりと、不敵な笑みを浮かべて言いました。
「ま、普通の男だよ。」
自称松嶋菜々子似(?)のK美さんは、ゆっくりと冷静な口調で語るのでした。
「ドロンズの石本に似た人。可もなく不可もなくってとこね。」
K美さんが待ち合わせの場所に到着したのは、予定の時間より10分遅れ、JR熱海駅付近にあるこじんまりとした喫茶店。わずか3坪ほどの店内の半分ぐらいは厨房で占められ、客がヒソヒソ声で話したとしても全体に筒抜けのような空間だったそうです。
お見合い相手は一張羅のスーツを着込んで、その意気込みを見せ付けて来たらしいのですが、その点、松嶋菜々子似(?)のK美さんは余裕のTシャツにジーパン。
仲介役のオバちゃん(63歳)は若者に負けじと、胸元の大きく開いたブラウスを惜しげもなく披露してくれたとのこと。
初めて会った二人に会話らしい会話などなく、気をきかせて話題を振っていたオバちゃんにも焦りが見え始め、吸っていたタバコの本数が増し始めたころ。
手持ち無沙汰の3人が何気なく窓の外を見ていると、駅前のロータリーに明らかに邪魔な白い車一台を発見。
そこはもちろん、駐車禁止で一般の車は駐車してはいけない所。
正午の明るい陽射しを受けて、運転席から二十代そこそこの若い女性が降りて来たと。
オバちゃんはすかさず、
「まったく今の若い子はしょうがないねぇ。通報してやろうかね?あんな邪魔な所に平気で駐車して・・・。」
K美さんはお見合い相手の手前、ちょっと優しげなところも見せねばと思ったらしく、
「それはちょっとかわいそうですよ。通報はやめておきましょうよ、ね?」
その後、駅の改札口から若い男性が白い車の方に向かってまっすぐに歩いて来たと。
白い車の脇に立っていた女性と何か親しげに会話を交わすと、女性は助手席へ、男性は運転席へと乗り込んだそうです。
そして密室になった二人は、まさか喫茶店の窓の向こう側から自分たちがのぞかれているなどとは露知らず、男性は女性の髪を優しく撫で、ゆっくりと抱きしめ、その後お決まりのごとく唇を重ねたのだとか。
それを一部始終見ていたK美さんは、今置かれている自分の立場も忘れ、目の前で繰り広げられているメロドラマに憤りさえ沸き起こり、
「即、通報しましょう・・・!」と。

K美さん、そんなオチはいいからもっと本質的な内容を聞かせて下さい(笑)

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2006年10月12日 (木)

恋に悩む女。

世間の人たちは、35歳の恋をどう思うでしょうか?
「もうオバさんなのに、みっともない。」
きっとほとんどの方に、そう思われているに違いありません。
私のような孤独で内向的な人間でも、たった一人だけ心を許せる友人がいます。
彼女はK美さん。このブログにも度々登場していて、本人も時折このブログを目にしてくれているようです。
K美さんは長年保育士をしています。仕事柄、様々な家庭環境に育つ幼い子供たちの面倒を見て来ました。
彼女は数年前、父子家庭の親子と出会うべくして出会ってしまいました。
奥さんを病気で突然亡くされた、40歳の男性。二人の幼い子供を抱えた大阪人。哀しみも苦しみもその切なささえも、その陽気で明るい関西弁に乗せて、微塵も感じさせない強さがあるのだそうです。
K美さんは保育士である前に、「女」になってしまいました。
子供を朝晩送り迎えする彼に心ときめかせ、かなわぬ恋と知りながら、彼の子供の母親役を務めて来たのです。
それは決して保育士として許されない、他の子供たちへの背任行為。
彼女はそれが最後の恋かもしれないと、私に言いました。
これまでの数多の恋は恋ではなかった、と。彼のためにその身は滅びても構わない、と。世界中を敵にしても彼を守り抜く、と。
どこからその強さが生まれて来るのか、私はただ想像することしか許されません。
彼はしがない木工職人で、生活力はなく、子供二人を育てていくことすら至難の業なのです。
でも、K美さんにとってそんなことはどうでもいいことなのです。
彼女は、必要とされたいのです。
他の誰より、二人の子持ちの40歳のしがない木工職人の彼に。

深夜、K美さんから電話がありました。
「お見合いの話があるの。」
「相手はどんな人?」
「42歳の魚屋さんの長男。」
「で、どうするの?」
「どうしたらいいのか、わからない・・・」
私とK美さんの間に、暫くの沈黙が流れました。彼女の性格を知り尽くしている私は、すぐに察知しました。
「お見合いも何かのご縁だよ。一度だけ会ってみて、自分の気持ちを確かめて来たらどうかな?」
「・・・・・・・。」
「もしその時、『やっぱりこの人ではない』と思うなら、話はそこまで。でも万が一そのお見合い相手に心を動かされる時があったら、それはそれで運命なのかもしれないし。」
たとえ夜更けまで彼女を説得したところで、彼女にとってお見合いなんてどうでもいいことだったのかもしれません。
要は、そのお見合いを「するな。」と「だれか」に一言いってもらいたかったのです。
「だれか」と言うのは、他でもないリツオさん(仮名)あなたですよ!

私はこの場をお借りして言いたいのです。
リツオさん、K美さんといっしょに茨の道を歩んだらいかがですか?
彼女を引き止める権利はない、などと思わず、K美さんをしっかりと掴まえておいて下さい。
あなたを待っていますよ。
それからK美さんのもう一人の友人Nさん。
私はお酒が全く飲めません。なので、K美さんと飲み明かしてあげて下さい。
底なしの彼女に付き合えるのはNさん、あなたをおいて他にはいません。(笑)
また、私は物理的にすぐにそちらへ駆けつけることもままなりません。どんな結果になっても、お酒で気が紛れるのならそれもいいでしょう(笑)

酔い潰れた彼女の面倒を、頼みます。

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2006年10月 9日 (月)

大ナポレオン展。

仕事でミスの多い私。プロ意識が薄弱なのでしょうか。
毎日の緊張感から解放されたくて、頂いたチケットを手に、大ナポレオン展へ行って来ました。
アクトシティ浜松・展示イベントホールにて9月30日~10月22日まで開催されています。
もっと静寂で閑散としているのかと思っていたのですが、その予想は裏切られ、会場は老若男女でごったがえしていました。
私は人ごみの流れに沿って、ナポレオンの肖像画を鑑賞しました。

ナポレオン・ボナパルトは、言わずと知れたフランスの軍人であり政治家でもあります。ふつう「ナポレオン」と呼ばれているのは、フランス第一帝政の皇帝ナポレオン一世のことです。
「余の辞書に不可能との文字なし」という言葉はあまりに有名です。
今回展示された絵画は、そのナポレオンの首席画家として活躍したジャック・ルイ・ダヴィッドや、その弟子のアントワーヌ・ジャン・グロなどの作品が主になっています。
高校の世界史の教科書に定番のごとく掲載されている肖像画は、たいてい、イタリア遠征の際雪深いアルプスを越えて劇的な勝利を収めた、赤いマントをはためかせ白馬に跨るナポレオンでしょう。
あるいは、パリのノートル・ダム大聖堂において執り行われた戴冠式の模様を描いた作品でしょう。
「あ、これ知ってる。」
と、思わず呟いてしまいそうな有名な絵画ばかりがズラリと揃えられており、ここが浜松であるということを忘れ、まるでパリのルーヴル美術館を訪れたかのような錯覚さえしてしまいました。

ナポレオンほど行動力に溢れ硬派なムードが漂う人物はいない、と思っていましたが、彼はなかなかの男でした。
運命の女性ジョゼフィーヌと出会ったことで、一目で恋に落ち、自らの最大にして最高の愛を彼女に注ぎ、結婚後わずか二日にしてイタリア方面軍事総司令官として出陣するのです。
これだけの英雄を奮い立たせた女性とは、一体・・・?

けれど、ナポレオンほどの英雄でも最期は孤独なものでした。
南大西洋の孤島(西アフリカ沖に浮かぶ絶海の孤島)、セント・ヘレナにおいて、「フランス、軍隊、軍の先頭へ」を最期の言葉に遺し、波乱万丈の人生を終えました。
52歳という若さでした。

ふだん仕事に追われて芸術から遠ざかっている方、世界史に興味のある学生さんなどにおすすめしたいです。
ここには、ナポレオンの息吹さえ感じられるのです。

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2006年10月 7日 (土)

眺めのいい部屋。

人は誰しも大切にしたい何かがあります。
それは例えば、私にとっては映画なのです。
数々の映画を我が家のテレビのブラウン管に映し出しては楽しんで来ました。でもレンタルでは飽き足らず、購入してしまったというのはこの一作だけです。
今朝は、友人の送ってくれたイギリスのクッキーをかじり、インスタントコーヒーを飲みながら、遠い過去を追憶していました。
「私が傷つけてしまった人たち、ごめんなさい。」
私は今、甘んじて罰を受ける日々なのです。

「眺めのいい部屋」は、イギリスで1986年、日本ではその一年後に公開されました。
この作品は、エドワード・モーガン・フォースターの同名小説を映画化したものです。
監督にジェームズ・アイヴォリー、出演はヘレナ・ボナム・カーター、ジュリアン・サンズ等です。

原作者であるフォースターの作風は、「異なる価値観を持つ者同士が接触することで巻き起こされる出来事について描く」というスタイルなのだそうです。その意味について理解することが出来るようになったのは、やはり、彼の「モーリス」という同性愛を扱った作品に触れてからだと思います。
フォースター自身が許されべからざる同性愛に苦悩する姿が、その序文にも顕著に現れています。(ただ私はノーマルなせいか、同性愛は「小説」か「ドラマ」の世界としてしか受け入れられないのです。)
代表作に、「天使も踏むを恐れるところ」「インドへの道」「ハワーズ・エンド」等があります。では、あらすじです。

20世紀初頭の物語。イギリスの中産階級の令嬢ルーシーは、いとこのシャーロットを伴ってイタリア・フィレンツェ旅行に出掛ける。
予約を入れたペンションでは、眺めのいい部屋に恵まれず、がっかりする。同じペンションに泊まっていた労働者階級のジョージとその父親が、眺めのいい自分たちの部屋と交換しましょうと、好意で申し出る。
ルーシーはその申し出を喜ぶが、付き添いのシャーロットは「身分違い、階級の差」を楯に拒否する。
結局、第三者の仲介で部屋を交換することになったものの、ルーシーはジョージのことが気になって仕方がない。ジョージも同様にルーシーの気高さ、内に秘めた情熱に心惹かれ、激しい恋に苦悩する。
ある時、同じペンションに泊まった一行は、馬車で郊外にピクニックへ出掛ける。ルーシーが付き添いのシャーロットからはぐれてしまい、辺りをあちこち探し回っていると、金色に輝く草原の中にジョージの姿を発見。
気配に気付いたジョージはルーシーの方へと近寄り、彼女を強く抱き寄せ、言葉なく唇を奪う。
ルーシーはためらいながらも、ジョージの固い抱擁に抵抗出来ず、為されるがまま。
その後、ルーシーは淑女であるはずの自分が身分違いの男の愛に心揺らぐのは、抑制心を失っているのだと自分に言い聞かせ、上流階級のインテリ青年シシルと婚約してしまう。
進歩派で情熱的なジョージに対する本心を偽り、ルーシーはあくまで冷静な淑女を装うとするものの、感情を押し殺すことに限界を感じてしまう。

金色に輝く草原での突然のキスを見た時、私は、当時(21歳頃)お付き合いしていた彼にも同じことをしてもらいたいと思いました。
横浜の夜景が一望出来る人気のない場所に車を止めて、ただ何となく時が過ぎてゆくのを心に刻み、視界に広がるダイヤモンドの屑を眺めていたのです。
彼は疲れていたので、座席を後ろに倒して休んでいました。
私は彼のかすかな寝息を聞きながら、
「このまま時が止まってしまえば良いのに。」と思いました。
彼は私より一回りも年が離れていて、妻子のある人でした。
私はいつも罪悪感と心の苦しさにはちきれそうで、毎回デートの度に「これが最後」と自分に言い聞かせ、でもやっぱり離れられなかったのです。
私は隣りに眠る彼には聞こえないように、
「わたしのこと、抱きしめてくれないのかなぁ?」と呟いてしまいました。
狭く、静かな車内では、私の独り言も彼に届いてしまったのか、むっくりと上体を起こすと、突然の抱擁、そして言葉なく唇は重なり合いました。
彼は、映画なんか観るタイプの人ではなく、もちろん、「眺めのいい部屋」の私の大好きなワンシーンなど知る由もありません。
でもそれは私の望んでいた鮮やかな感情の嵐でした。
そしてあの時、なぜか私は決心したのです。
「本当に今夜、これで最後にしよう。」

あれからすでに14年が経ってしまったのですね・・・

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2006年10月 5日 (木)

チャーリーとチョコレート工場。

雨は細い糸と見間違えるほどでしたが、朝からまだ降り続いています。
私はただ静かに、朝から昼、昼から夜へと移りゆく時の流れを見守っていました。
疲れた身体にはチョコレートが一番なのです。インスタントコーヒーを飲みながら一粒のチョコを口に含むと、少しだけ幸せな気分を味わうことが出来ました。
なのに全てがあいまいな自分を、この薄暗い室内に閉じ込めてしまいたいと思いました。

私は「チャーリーとチョコレート工場」を観ました。
この映画は2005年に公開されました。この作品はティム・バートン監督おなじみのジョニー・デップが起用されたことで、ずい分と話題になりました。
原作はロアルド・ダールという児童作家の「Charlie and the Chocolate Factory」で、それが映画化されたものです。
ロアルド・ダールの世界は、風刺やブラックユーモアにとんだ児童文学として有名です。
「ハリー・ポッターと賢者の石」が世に出る前は、イギリスの児童書部門で売り上げ1位を独走していたそうです。
では、あらすじです。

主人公チャーリーの住んでいる街には、ウィリー・ウォンカのチョコレート工場があります。それは世界で一番大きなチョコレート工場なのですが、だれもそこで働いている人を見たことがない、謎の工場でした。
ある時、その工場へ世界でたった5人の子供たちだけが招待されることになりました。それは、ゴールデン・チケット(招待状)の入ったチョコレートを手に入れた子供だけが許された工場見学なのです。
貧しいチャーリーは、その日の食べ物にも事欠く生活をしていたので、チョコレートを買うお金などありませんでした。チョコレートを口にすることが出来るのは、年に一度の誕生日だけ。
結局、ゴールデン・チケットを手に入れたのは、豚のように食べる食い意地のはった子供、お金持ちの我がまま娘、チューインガムをかみ続けるプライドの高い子供、知識ばかりが先行するインテリな子供、そして貧しい家のチャーリー。
この5人の子供たちとその保護者たちは、チョコレートの部屋からチョコレートの川をセーリングし、様々な美味しい体験をする。
けれど行く先々で難関が待ち受けており、子供が一人、また一人と脱落していく。
最後まで残ったチャーリーは、特別なごほうびがもらえることになった。それは、ウィリー・ウォンカの工場をそっくり譲ってもらえるというのだ。でもその条件として、家族を誰も連れて来てはならないとのこと。チャーリーが身一つで工場に住むならば譲ると言う。
しかしチャーリーは断固として拒否する。たくさんのチョコレートを生産する工場は魅力的だ。だけど家族の方がその何十倍も大切な存在なのだから。

この作品が言いたいこと、それはやっぱり人間にとって何が一番大切なのか、そして、行儀の悪いことがどれだけ周囲に悪影響を及ぼすものなのかを戒めているのだと思います。
英語でかなり辛辣に悪口を言うシーンがあり、これはちょっといかがなものかと首をかしげてしまいますが、日本語ではかなり柔らかく訳されているので安心です。

ジョニー・デップの無機質で、だけど鮮烈な演技が光っています。
1990年にリアルタイムで観た「シザーハンズ」の際、ジョニー・デップが開発途上の人造人間の役柄を哀愁たっぷりに演じて、私は不覚にも涙がこぼれてしまいました。
あれから16年、ジョニー・デップの魅力はさらに輝きを増しました。
ちなみに私はチャーリーの母親役を演じたヘレナ・ボナム・カーターに感激!「眺めのいい部屋」のヒロインが、こんなステキな大人の女性に成長していたのですから。

作品の良し悪しは、見事に二つに分かれているようです。
原作を読まれている方はわりと寛容的ですが、単に話題性に飛びついて観た方は酷評です。
私としてはこのファンタジーでメランコリックな世界を、親子で楽しんでもらいたい一作だと思うのですが。

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2006年10月 1日 (日)

Love Letter.

「純愛」という言葉が絵空事か別世界の産物のようになってしまった現代において、私は「純愛」を信じたいと思いました。
心から愛する人が、決して手の届かぬ相手でも、息災であることを念じ、幸せであって欲しいと願う気持ち。そういう純粋さをいつまでも忘れたくありません。
この作品を「キレイゴト」と捉えるか「純愛」と捉えるかは、視聴者のその時の心理状態とかセンスによって変わって来るかもしれません。

私は「Love Letter」を観ました。
1995年に公開されたこの映画は、監督・脚本に岩井俊二、出演は中山美穂、豊川悦司、柏原崇、酒井美紀などの顔ぶれです。
監督の岩井俊二は宮城県仙台市出身で、横浜国立大学教育学部美術学科を卒業しています。
当初は絵描きを目指していたようですが、途中、映像の世界へと転向しました。
この「Love Letter」では岩井ワールドの総決算とも言うべく、叙情的な映像タッチと繊細でリアルな表情とセリフで視聴者を魅了します。
では、あらすじです。

神戸在住の渡辺博子は、2年前に山で遭難した婚約者の藤井樹のことが忘れられず、彼が以前住んでいた小樽の住所に手紙を送る。
博子は返事などまるで期待していなかった。宛先人不明のまま戻って来るに違いなかったからだ。
しかし、博子の書いた手紙の返事が小樽から届く。差出人は「藤井樹」。亡くなったはずの彼から届いてしまったのだ。
そして、博子と藤井樹の奇妙な文通が始まる。
結局、小樽在住の藤井樹は博子の婚約者の藤井樹ではなく、同姓同名の女性だった。
ところがこの藤井樹は、博子の婚約者である藤井樹と中学生時代を共に過ごした人物だった。
同姓同名ということでクラスメイトからはさんざんからかわれ、図書委員まで二人でさせられてしまうというイヤな思い出があった。
藤井樹はそういう昔話をつらつらと手紙に書いて、博子の婚約者でもあり同姓同名のクラスメイトであった藤井樹との思い出を語り尽くす。
博子は女性のカンとも言うべきものから、婚約者である彼がおそらく同姓同名であるもう一人の藤井樹のことが好きだったのではないかと想像する。
ラストは博子が遭難した婚約者の登った山の近くまで赴き、雪原の中、天国の彼に届けとばかり、「お元気ですか!?」と叫ぶ。
そして、それまで堪えて来た切なさ、哀しみが涙となって溢れ出した。

この映画の主役を演じたのは中山美穂ですが、これは藤井樹の中学生時代を演じた酒井美紀に完全に持って行かれたような気がします。
青春の象徴であるセーラー服に身を包み、透明感のある演技で、酒井美紀は映像の中で完璧に絵になっていました。

私たちは生まれてから死ぬまでの間に、何度となく誰かに惹かれ、恋をし、そして幻滅してゆくことでしょう。
でもどれほど相手のことを好きで、誰より分かっているつもりになっても、その相手には自分の知らないことが山ほどあるのです。
しょせん、私たちが知っている彼(彼女)は、ほんの一面に過ぎないのかもしれませんね。

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