« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »

2006年12月29日 (金)

ご挨拶。

これまであまり必要性を感じなかったせいか、携帯電話を所持していませんでしたが、とうとうマイノリティーな部類から抜け出すことになりました。
S社と契約しておられる方は私と無料通話が可能ですヨ☆(笑)

私はこのブログを立ち上げて来月で丸一年になりますが、こんなつたない私の記事に目を留めて下さり、優しく、静かな足跡を残していって下さる方がいて、本当に本当に嬉しくて言葉では言い表せないほどの感謝の気持ちでいっぱいです。
けれど、その一方で、心無い書き込みを受けることも多々ありました。
当初、私は時事問題なども記事にしてみたいという思いがあったのですが、静岡県伊豆の国市で起こった「女子高生タリウム毒殺未遂事件」に関する記事を公開したところ、ある人物から執拗な攻撃を受けました。
私はその人物からのコメントを即座に削除しましたが、攻撃は収まらず、コメント欄はその人物によって半ば占領されたような状態に陥ってしまったのです。
私はとにかく反論せず、黙って成り行きを見守るしかありませんでした。
こういう場合、受けて立つのが礼儀なのか、それとも黙殺するのが有効なのか、私は後者を選んだのです。
攻撃は続き、私のウェブに対する不信感はピークを迎え、精神的に完全に大敗しました。
結果、私はその記事を全文削除することでその人物に屈してしまったのです。
「ブログ」という唯一の心の窓は全開されることなく半開き状態で、風通しの悪い状態が暫く続きました。
私は悔しくて情けなくて、自己嫌悪に陥りました。
私の記事が、誰か特定の人物に対する誹謗中傷なら敵が現れてもおかしくはないのです。
しかし、そういうものとは全く別もので、社会の一端をささやかに、ささやかに個人的な見解として掘り下げたに過ぎないものを、何の脈絡もなく攻撃して来たのですから始末におえませんでした。
私はあの時、しっかりと自分の言葉で反論すべきではなかったか?
怯むことなく、強い意志を見せ付ける方が良かったのではなかろうか?
自分は「いい子」を演じ過ぎてはいなかったか?
今さらあれこれ考えたところでどうにもなりませんが、顔の見えない相手だけに恐怖感を煽られ、もう私などは手も足も出なかったというのが本当のところなのです。
そうは言っても、そのような悪意に満ちた書き込みはごくごく一部で、九割以上が善意のコメントです。
私は時折遊びに来てくれる、見えない顔のコメント者に支えられ、勇気付けられ、ブログを自分のスタンスで楽しむことが出来たのです。
この場をお借りして、深くお礼申し上げます。

ブログに絶望せず、自分を少しずつ解放し世間に発信出来たことは、全て私の記事を通り過ぎて行ってくれた人たちのおかげです。

本当にどうもありがとうございます。

来年もどうぞよろしくお願い致します。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2006年12月28日 (木)

才能とは?

私はいつも他人に嫉妬してしまいます。
明るく社交的な人と出会った時、知識や教養に溢れた人を前にした時、美人でスレンダーな人とすれ違った時。
いろんな局面で、その羨ましさは私の中で、枝にぶら下がる蓑虫のように風に吹かれる度にゆらゆらと揺れているのです。
涙ぐましい努力の結果勝ち得た産物であることはわかっていても、それでもやっぱり「いいなぁ・・・」というため息まじりの羨望が我が身を支配するのです。
ならば自分も努力に努力を重ねて現状脱皮を試みる・・・というのがベストなのでしょう。
しかし哀しい哉、人には持って生まれた「才能」というものがあります。
後天的な努力だけでは補うことのできない、天賦のものは確実に存在すると思われます。
私の周囲を見回すと、例えば、容姿は決して良いとは言えないけれど、妙に愛嬌があって人懐っこく、イヤミのないタイプ。
でもそれは努力の賜物などではなく、元々から人格の一部として形成されていて、ある種の才能を感じさせるのです。
あるいは、立ち居振る舞い、身のこなしがスマートで、流行に左右されていない確固たる自分が際立っている人。
それは「才能」というより「育ち」と表現した方が良いのでしょうか?
とにかく、カルチャースクールのマナー教室で教わった礼儀作法とはちょっと違った高貴なものを感じさせます。
私はそれをあえて才能と呼ばせてもらいたいのです。
ただそうは言っても、大抵の能力とか技術は、人並み以上の努力で身につけられるものではあると思います。
「自分には才能がないから」というセリフは、単なる逃げ口上に過ぎないのです。努力を怠るための言い訳なのです。
でも、好きなことには寝食忘れて惜しみない労力を傾け、その結果自然と技術が身についていくので不思議です。
「好きこそものの上手なれ」と言われる所以かもしれません。
週刊朝日(11月17日号)より、村上春樹が才能について語っているので、その記事をここに抜粋させていただきます。

才能とは何か? 僕もときどき(そんなにしょっちゅうではありませんが)それについて考えます。それで思うんですが、ものすごく特別な、巨大な才能を例外にすれば、何か目標を定めて、ずっと努力し続けられる力こそが才能の中核ではないのでしょうか。長い期間にわたって努力し続けるって、口で言うと簡単みたいだけど、普通の人にはなかなかできないことみたいです。そういうのって間違いなく才能です。僕はもう50いくつになりますが、最近まわりを見渡してみて、そんな風に強く感じました。
もうひとつ、それが何であるにせよ、楽しみながら努力できるというのが大切ですよね。楽しくないことって、そんなに長くは続けられないから。
もうひとつ、ものすごく特別な巨大な才能って、実際にはほとんど存在しないみたいです。それも僕が人生で身をもって学んだことのひとつです。がんばってください。

キーワードは「好きであること」「楽しむこと」、この二つかもしれません。
来年はそれを念頭に置いて才能を追求していこうかと考えています。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年12月24日 (日)

等身大。

時には性欲は愛と錯覚することがある。
キレイごと言ってる暇はないのさ。
命はあと、どれだけ残っている?
永遠に抱き合ってる時間はないんだ。
またある橋ではそこで生まれたという理由だけで国のために血を流し戦ってる人がいる。
みんなはあの世を信じてるのか?
若ければ何だって許されるのはきっと本当だ。
それを過ぎたのなら、自分だけしか愛せない自分に早く気づくべきだ。

我が親友K美さんは、私がみうらじゅんを絶賛する理由にやっと、やっと気づいてくれたのです。
「今まで私はみうらじゅんの何を見て来たんだろう?」
そう、K美さんはあまりに多くの情報を多角的に取り込みすぎて、最も重要で、且つシンプルなみうらじゅん像を見逃していたのです。
みうらじゅんの言いたいことはただ一つ、『LOVE』なのです。
難解な文学に身を投じて、「人間とは何ぞや、自分とは何ぞや」とあれこれ探ってみるのもいいでしょう。
でも、正確で透明性のある答えなんて、ないのです。
全ては曖昧なベールの向こう側にあって、私たちはいつだって歯がゆい想いを抱きながら、それでも自分なりに精一杯のイマジネーションを巡らせて物事を正確に捉えようとするのです。

愛には様々なタイプのそれが存在すると思います。
K美さんは、何を勘違いしたのか、「エロス」を追求しようと目論んだのか、JR熱海駅付近にある洒落たカフェから、自分を鮮明に映した画像を送ってくれました。
それは、全身黒のワンピースにブランケットを気だるく肩にかけ、籐製のこじゃれた椅子に腰掛けて、アルカイックスマイルを浮かべるK美さんの姿でした。
「エマニエル夫人を意識したのかなぁ?」
私はこの姿を真面目に撮影したもう一人の相棒の存在も気にしながら、これはいかがなものかと考えさせられるのでした。
このまま走らせてはいけない。
彼女はどこか別の方向へと進んで行こうとしている。
私は胸騒ぎを覚えるのでした。
なぜならこの愛の形は間違っているからです。
これは「エロス」でも何でもないのです。単なる「思い込み」なのです(笑)
K美さんにもっと等身大の自分と向き合って欲しいのです。
いつだって彼女は自分を松嶋菜々子だと思い込んでいます。
最近は藤原紀香を意識している始末で、もうお手上げです。
その上、エマニエル夫人というのは、たとえ親友と言えども一筆口上しなくてはと思い立ったわけです。
しかし、その必要もなくなりました。
つい先日、K美さんが再びそのカフェを訪れた際、一枚の張り紙がしてあったとのこと。

他のお客様のご迷惑になるような写真撮影等は、ご遠慮ください。

これまで何度となく訪れたカフェでしたが、その張り紙はされていなかったとのこと。
K美さん、これに懲りたら「エマニエル夫人」はもうやめてちょうだいね(笑)

(クリスマス・イヴの夜にこのブログを更新した私もどうかと思うけれど・・・。)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年12月22日 (金)

再び、LOVE。

私の敬愛するみうらじゅん(本名、三浦純)は、吉田拓郎さんを「神様」だった(過去形)と言っています。
私の仲良しの友人も拓郎さんに傾倒していて、「ぜひ聴いてほしい」とのことなので、素直な(?)私はさっそく聴いてみたのです。
私は「フォーク・ソング」をまじめに聴いたことがなかったので、まずはBGMとして聴くことにしたのです。
「そんなことに一体どんな意味があるのか?」
と問われれば、全ては私の好奇心の欠片と相手への敬意の為せる業なのかもしれません。
拓郎さんの音や、手にする愛器のマーチン、首から提げるハーモニカ・ホルダーという出で立ちを見ると、おおよそボブ・ディランの影響であることが想像できます。
ボブ・ディランは謂わずと知れたロックの神様なのですが、その神は「アルバムを出すごとにファンの期待を裏切り続けて」来た異端児でもあります。
みうらじゅんは、拓郎さんに影響を与えたボブ・ディランを繰り返し繰り返し聴くことで、拓郎さんが何を感じ、何を考えているのかを追求したのだそうです。
さらに、好きな女の子の声よりも神の声である拓郎さんの声の方に力を入れて聴いていたとか。
もうそこまでいくと、単なる「拓郎マニア」では済まされない領域まで踏み込んでいるような気もします(笑)
みうらじゅんは、正に、吉田拓郎になりたかったのです。
そのために必要なことをどんどん掘り下げていったに違いありません。
私の背中側で流れている「永遠の嘘をついてくれ」や「気持ちだよ」「今日までそして明日から」などの拓郎ナンバーに、『LOVE』を感じました。
大衆にとって、その時代を築いたミュージシャンが肉の一部、体に染み付いて剥がせるものではない青春の勲章であることがわかりました。
その証拠にみうらじゅんは、このPCな時代にもかかわらず、「コンビニで買った原稿用紙に手書き丸文字を貫いている」のです。
青春が忘れられないというよりあきらめきれない状態で、思考回路も感情もほぼ青春時代と同じ。
本人曰く、これこそが「青春ノイローゼ」なのだそうです。
私はそんなみうらじゅんの口にする『LOVE』に、思わず共鳴してしまうのです。

そう、愛なんてちっぽけな人間には一つしかないんだ。
無報酬であげられるものは本当に一つしかないに決まってる。

私は取るに足らない人間だけれど、自分の中で密やかに持ち続けているたった一つの『LOVE』を、大切な人のために、静かにあたためていきたいのです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年12月16日 (土)

何を求める。

何を求める風の中ゆく

私はあえて身をおくのです。
耐え難い街の喧騒とおそろしく狂暴な世界。
これまでに幾度となく嗅いで来たコンクリートの臭い、乾いた風の音。
自分が一体、何を求めているのかわからない。
表現したい心の動きが、からっぽの胸の底に沈殿したままどうしても言葉にならないのです。
私は浜松のスタバにいました。
ホットコーヒーと、クランベリーブリスバーをいただきました。
こんなに暗く、落ち込んだ心を引き摺っているというのに、でもやっぱりコーヒーはあたたかく、クランベリーブリスバーは甘く、口の中に広がるのです。
「本当に人間て、愚かな生きものなんだなぁ・・・。」
こんな愚劣な俗物根性を持った自分が忌わしい。
私の周囲の景色がぼんやりとしている。
隣りのテーブルにいた二十代のカップルは、すでにその姿を消し、そこは空席になっているのでした。
私は孤独と決別したのではなかったのか?
それをはね返してしまう強靭な精神力があったはず。
未来へ通ずる真っすぐな道を歩んでいくのではなかったのか?
それらは全て、空虚な偶像だったのか?
私は一体どこから来たのだろう?
どこかにはいたはず。
でも、とても、とても遠いところ。
私は何を求めているのだろう?
心が激しい不安に怯えている。
必死に嗚咽を押し殺そうとする自分。

私は何を求めているのだろう?

賑やかく、明るく陽気な笑い声。
街の至るところでリズミカルなクリスマスソングが流れている。
それなのに、あたりの空気をもっと哀しく感じさせるのは、街をあげての色とりどりのクリスマスイルミネーションなのでした。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年12月14日 (木)

ミリー。

人は、それぞれ住むところがきまっていて、うつることはできません。空をとぶこともできません。けれども、心は、なにものにもへだてられることなく、ほかの人の心にまでとどきます。ですから、わたしの心も、あなたの心にとどきます。わたしはまだ、あなたに会ってはいませんけれど、わたしの心はあなたのそばにいて、わたしの愛をつたえてくれるのです。

絵本は決して子供のためだけに存在しているわけではありません。
時に大人の心を揺さぶり、激しい感情の嵐を巻き起こす引き金にも成り得るのです。
私は時折、天使が舞い降りて来ることを夢見ています。
そうして、そっと私を抱きしめてくれるのを待っているのです。
その天使の放つ光のオーラは、私を心地よい眠りに導き、私の全てをあたたかく、やわらかく、包み込んでくれるのです。
孤独や絶望の嘆きを一掃し、余計な思考と無駄な労力を伴わない、光の草原へ私の魂を誘うのです。

私はグリム童話の「ミリー」を読みました。
モーリス・センダックの描いた挿絵で、この物語を二倍に堪能することができました。
センダックは、1970年に権威ある国際アンデルセン賞を受賞した世界的に人気の高い絵本画家です。
肌理細やかで鮮やかな色彩の中に、読者のイマジネーションがすっぽりと融合し、ストーリーにリアリティが生まれるのです。
「ミリー」は、日本のおとぎ話で言うところの「うらしま太郎」のような作品かもしれません。
でも、それらが訴えかけているテーマは、それぞれ全く違うものでしょう。
では、あらすじです。

村はずれの小さな家に住む、母親と幼い女の子。
ささやかな幸せに包まれて暮らしていた二人に、暗雲がたちこめます。
戦争が始まったのです。
母親は、自分の身はどうなってもかまわないけれど、幼い我が子だけは無慈悲な男たちから守ってやりたいと思いました。
母親は、娘を助けたい一心で、どんな敵でも決して追いつけない森の奥へと連れて行きます。
「いいかい、・・・もうだいじょうぶというところまで、どんどんすすんでいくのだよ。そこで三日のあいだじっとまってから、もどっておいで。」
母親は、娘に甘くせつないキスをして、そこからは一人で行かせました。
娘は心細さを必死に耐え忍び、やがて、親切なおじいさん(聖ヨセフ)の家に辿り着きます。
娘は聖ヨセフに守られ、三日の間そこで暮らしました。
「もう、おかあさんのところへおかえり」
聖ヨセフは娘につぼみのバラを一本渡しました。
「だいじょうぶ。このつぼみがひらくとき、また、わたしにあえる」
娘は守護天使の導きにより、森のはずれまで来ると、そこから村へと続く道をひたすら歩きました。
もうすぐお母さんと会える、そう思う娘の足取りは、実に軽やかだったことでしょう。
娘は見覚えのある我が家に、一目散で駆け寄りました。
そこの戸口の脇に腰掛ける老婆を見た時、娘はすぐにそれが母であることがわかったのです。
そして老婆もその娘を見るやいなや「かえってきた!」と言って歓喜に打ち震えるのです。
娘が森にいた三日間は、実は三十年という長い年月だったのです。
その夜、母子は楽しく語り合ってすごしました。
そして、やすらかな永遠の眠りに就くのです。
二人の枕元には、一輪のバラが見事に咲いているのでした。

私はこの絵本を読み終えた瞬間、滂沱として涙がこぼれました。
私が待っていた天使は、正に、このことだったのです。
私は樹海の深くに分け入って、人知れず、天使の腕に抱かれるのです。
そして、特別な光を放つ、明るくて清潔な世界へと同化してゆくのです。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年12月 8日 (金)

師走の名古屋。

私はどうしてここにいるのだろう?
これから何をしようとしているのだろう?

人は、一歩を踏み出そうとする時、とてつもない勇気とエネルギーが必要になります。
私は目に見えない引力に吸い寄せられるように、そこに居ました。

JR名古屋駅は、師走の空気を含んで活気に溢れていました。
立ち並ぶビルの谷間のそこかしこで道路工事。
数珠繋ぎの車を横目に、私はてくてくと歩いてゆくのです。
太陽は隠れ、今にも泣き出しそうな空。
歩道には褐色に汚れた街路樹の落葉。

私はどこに向かおうとしているのだろう?
心が激しい不安に怯えている。

私は大切な人に向かって、たくさん発信したいことがありました。
でも、言葉は紡ぎ出した瞬間から空中に散乱し、消えてしまいます。
丁寧に説明したところで、それが一体何になるのだろうと、かえって虚しくなってしまうのです。
他者を理解するのは難しい。
自分を理解してもらうのはなおさら難しい。
きっと私は世のまともな人たちとはかけ離れた「変わり者」でしかないと思います。
でも、私のような人間は時として誰かの悲痛な叫びを聞いてしまうことがあるのです。
それは感覚的なものなので、絶対的な確信はありませんが、たぶん、きっと、私はそれを察知してしまうのです。
もしも、「だれもわかってくれないんだ。」と思うなら、それはそれとして頭の片隅に置いておけばいいのです。
でも、そう、私は「ノルウェイの森」の一節を引用することで、私の気持ちに代えさせていただきたいのです。

「世の中には時刻表を調べるのが好きで一日中時刻表読んでる人がいる。あるいはマッチ棒をつなぎあわせて長さ一メートルの船を作ろうとする人だっている。だから世の中に君のことを理解しようとする人間が一人くらいいたっておかしくないだろう?」

私たちのすぐ側を忙しなく行き交う人々。
改札口から吐き出されるビジネスマン。
キラキラ光るクリスマスのイルミネーション。
一人なら孤独に押し潰されていたかもしれません。
でも二人ならその孤独にも向かい合えると思いませんか?

雑踏の中、一切が溶け合って、この世ならぬ調和が生まれたのを感じませんでしたか?

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2006年12月 1日 (金)

限りなくノンフィクションに近いフィクション。

友人から、さる人の過去の記憶の断片を聞く機会に恵まれました。
私としては、他人の記憶を覗き見ることはしたくなかったのですが、その飛び散った過去の破片を拾い集めて、記事にしてみたくなってしまったのです。
それは、さる人の恋愛体験なのですが、女性側の抱く微妙な恋愛感情とは違い、そこに男性の理性とか欲望とか、とてもメンタルな部分に触れることのできる過去のドラマだったのです。
私は、「ああ、この記憶を書き留めておきたい。」という衝動に駆られ、いてもたってもいられませんでした。
女の私が男性側に立って、心の内部を吐露するのはとても難しいことだし、きっと最後の核心は的を得ない分析になってしまうと思います。
それでも、私はその人になりきって「ハムレット」の独白のように、つらつらと文字に置き換えてみたいと思うのです。
それは、「小説」でもなければ「エッセイ」でもないものになってしまうかもしれません。
単なる言葉の羅列になってしまうかもしれません。
しかし、このブログが私に許された唯一の発表の場であるなら、自由形態でこの空間を埋めさせてもらおうと思います。

私はプロではありませんので、言葉の使い回しや表現力に自信もなく、稚拙な文章で自己完結してしまいがちです。
でも、もし、私のブログを通り過ぎてゆく人の中に、たった一人でも共鳴し、何か感じるものを抱いていただけたら、これほど嬉しいことはありません。

ちなみにこの過去の記憶を提供して下さった方は、すでに奥様も子供さんもおられる方で、その後、幸せに生活していらっしゃいます。
幸い、ご本人と連絡を取り合うことができ、私の申し出を快く了承し、許可してくれました。
もちろん、(リアリティ追求主義の私なのですが)プライバシーの保護を第一優先しなければいけないので、ご本人を特定してしまいそうな氏名(当たり前のことですが)、地名等、一切を伏せることにしました。
私は近いうちにこの記事を公開しようと思います。
どうぞ関係者の方、やさしく、やさしく見守っていて下さい。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »