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2006年12月28日 (木)

才能とは?

私はいつも他人に嫉妬してしまいます。
明るく社交的な人と出会った時、知識や教養に溢れた人を前にした時、美人でスレンダーな人とすれ違った時。
いろんな局面で、その羨ましさは私の中で、枝にぶら下がる蓑虫のように風に吹かれる度にゆらゆらと揺れているのです。
涙ぐましい努力の結果勝ち得た産物であることはわかっていても、それでもやっぱり「いいなぁ・・・」というため息まじりの羨望が我が身を支配するのです。
ならば自分も努力に努力を重ねて現状脱皮を試みる・・・というのがベストなのでしょう。
しかし哀しい哉、人には持って生まれた「才能」というものがあります。
後天的な努力だけでは補うことのできない、天賦のものは確実に存在すると思われます。
私の周囲を見回すと、例えば、容姿は決して良いとは言えないけれど、妙に愛嬌があって人懐っこく、イヤミのないタイプ。
でもそれは努力の賜物などではなく、元々から人格の一部として形成されていて、ある種の才能を感じさせるのです。
あるいは、立ち居振る舞い、身のこなしがスマートで、流行に左右されていない確固たる自分が際立っている人。
それは「才能」というより「育ち」と表現した方が良いのでしょうか?
とにかく、カルチャースクールのマナー教室で教わった礼儀作法とはちょっと違った高貴なものを感じさせます。
私はそれをあえて才能と呼ばせてもらいたいのです。
ただそうは言っても、大抵の能力とか技術は、人並み以上の努力で身につけられるものではあると思います。
「自分には才能がないから」というセリフは、単なる逃げ口上に過ぎないのです。努力を怠るための言い訳なのです。
でも、好きなことには寝食忘れて惜しみない労力を傾け、その結果自然と技術が身についていくので不思議です。
「好きこそものの上手なれ」と言われる所以かもしれません。
週刊朝日(11月17日号)より、村上春樹が才能について語っているので、その記事をここに抜粋させていただきます。

才能とは何か? 僕もときどき(そんなにしょっちゅうではありませんが)それについて考えます。それで思うんですが、ものすごく特別な、巨大な才能を例外にすれば、何か目標を定めて、ずっと努力し続けられる力こそが才能の中核ではないのでしょうか。長い期間にわたって努力し続けるって、口で言うと簡単みたいだけど、普通の人にはなかなかできないことみたいです。そういうのって間違いなく才能です。僕はもう50いくつになりますが、最近まわりを見渡してみて、そんな風に強く感じました。
もうひとつ、それが何であるにせよ、楽しみながら努力できるというのが大切ですよね。楽しくないことって、そんなに長くは続けられないから。
もうひとつ、ものすごく特別な巨大な才能って、実際にはほとんど存在しないみたいです。それも僕が人生で身をもって学んだことのひとつです。がんばってください。

キーワードは「好きであること」「楽しむこと」、この二つかもしれません。
来年はそれを念頭に置いて才能を追求していこうかと考えています。

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コメント

こんばんは。もう今日からお休みですか?いいですね。私なんかまだまだ年末まで仕事。うらやましいな。

ところで才能なんてないに決まってる。春樹さんの言うように好きなものを続けるのが才能って、いい言葉ですね。

昔はさんとう花さんのようにうらやましく思うことありましたよ。よく嫉妬してました。でも最近は、そういう人を頼もしく思うようになれて、みんな色々な才能あってうまくいくんじゃないかな、なんてね。

そう思えば自分も居場所があるって思えるし、嫉妬もしなくて済むし。でも、さんとう花さんはきっとたくさんの才能にめぐまれた人だと思えるけどな。でも、おたがい続けましょうね。私には少なくともそれしかないから。

投稿: けい | 2006年12月28日 (木) 19:52

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