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2007年3月13日 (火)

勧酒。

コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ

ご主人の転勤に同行するため、職場の同僚が去りました。
私と同い年の彼女は、美人でスレンダーで仕事が良く出来て申し分のない人物でした。
私が車を所有していないので彼女はいつも足代わりになってくれて、美味しいケーキのお店やランチバイキングなどにつれて行ってくれました。
そんな彼女ともいよいよ別れを告げることに。
職場の仲間で送別会を催した時、残念ながら彼女とは同じテーブルではありませんでした。
私はお酒が弱いので「飲めない派」のテーブル。彼女は強いので「飲める派」のテーブル。
遠巻きに眺めていると、皆が次から次へと彼女のグラスにお酒を注ぎ、そのそばから飲み干していくのでグラスが空になることはありませんでした。

生きていれば数限りない人たちとの出会い、そして別れがあります。
その中で「また会おうね」と約束して確実に会えたことなんて、ほんの数回です。ほとんどが年賀状のやりとりに限られてしまい、時間を割いてまで会うことはありません。
でもそれは当たり前のことなのです。
皆それぞれに生活があって、限られた枠の中で優先順位をつけ一つ一つをクリアしていく毎日なのです。
時間とお金があれば気軽に会えるかもしれません。あるいは気持ちに余裕があったら電話の一本もかけられるかもしれません。
けれどそれすらままならないのが普通大抵のこと。
最後の最後、同僚が引越し当日職場に顔を出した際、私は「また会おうね」と言ってかたい握手を交わしました。
でも、「もう、これが最後かもしれない」心のどこかでそう思いました。
彼女が皆に挨拶を済ませて正面玄関の自動扉を出た後も、彼女を見送り続けました。
その颯爽と去り行く彼女の背中には微塵の躊躇もなく、きっと新しい環境でも上手に切り抜けていくだろうと確信するのでした。

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コメント

それは残念なことでした。同じ年の人というのはなかなか社会人になると出会えないもの。私も同学年の人と出会うとつい心を許してあれこれ話をしてしまうほうです。

気持ちの通じ合える友だちというのはなかなか大人になってから出来るものじゃない。そう、ある友人から言われたこともあります。どうぞこれからも連絡してあげて下さい。スレンダーで美人の彼女もそれを望んでいるかも知れませんよ。お互い友だちは大切にしましょう。

投稿: けい | 2007年3月14日 (水) 10:30

けいさんコメントどうもありがとう(^o^)
そうですね、社会人になってからの友だちというのはなかなか恵まれないものですよね。
私もそう思えばこそ大切にしたい同僚だったのですが、こればっかりは仕方がありません(^_^;)
男女の別れとはまるで違う感覚なので、別れの瞬間にも緊張感があり、こみあげてくる感慨みたいなものが胸を熱くさせるのですよね。

投稿: さんとう花 | 2007年3月14日 (水) 22:21

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