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2007年3月21日 (水)

彼岸に逝く。

だからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。
流れに立ち向かうボートのように、絶え間なく過去へと押し戻されながらも。
(村上訳『グレート・ギャツビー』より)

自宅から母の入院していたS病院までほとんど毎日バスで通っていたことが、まるで昨日のことのように思い出されます。
バスに乗っている三十分間は孤独と絶望の中に閉じこもっていて、「母が死ぬ」という現実を受け入れられずにいつも己との闘いでした。
悪夢なら一刻も早く覚めて欲しいと願う一方で、母にどう上手く嘘をつこうかとそればかり思いあぐねていました。
保険の適用されない丸山ワクチンや漢方薬のサルノコシカケを処方される中、いくら私の名演技を持ってしても、病人特有の鋭敏さで末期ガンであることに気付かないはずがなかったのです。
もしかしたら母は娘の心中を察して、知ってて知らないフリを通してくれたのかもしれません。
私は二十四歳の時、父を亡くしましたが、わずか三年後の二十七歳で母も亡くしました。
平成十一年三月二十二日、二十時二十分、お彼岸に逝きました。

密葬という形の、静かで寂しいお葬式にはごくごく親しい親戚のみが集まってくれました。
火葬場の控え室で叔父や叔母のご機嫌を取ることに苦痛を感じた私はそこから抜け出し、肌を刺すような冷気に包まれた駐車場から高い煙突をみあげていました。
もくもくと天に立ち昇る煙りを見た時、不覚にも涙がこぼれました。
まだ喪主としてやり遂げねばならないことは山ほど残されていたのに、はらはらと止めどなく流れる涙を拭うこともせず、その場で崩れ落ちるようにしゃがみこんでしまいました。

そういう哀しい記憶を私は生涯忘れることはないでしょう。
ただ、時間の経過とともに鮮明だった記憶もぼんやりとしていくのです。
まるで、記憶の外側にベールを被せられたみたいに。
過去というのはこぼれ落ちるように薄らいでいくのかもしれません。
そうやって私は記憶の哀しみを追い越し、追い越されながら、それでも未来へ通ずる真っすぐな、あるいはイバラの道を歩んでいくしかないのです。

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コメント

さんとう花さんこんにちは。
拝読させていただきましたが、気の利いたコメントも出来ず、ただただ一つ一つの言葉を噛み締めるばかりです。

私事ですが、今日は昼食を買いに行ったついでにおはぎを買って来て、祖父の形見である腕時計と並べてお供えをしました。
私を可愛がってくれた47歳で亡くなった叔母、定年でやっとのんびり出来ると思った矢先に亡くなった叔父のことなども思い出していました。
そして「どうか僕の人生を見守ってて下さい」と心の中で唱えました。

信仰を持っていない私は、亡くなった親族こそが自分を守ってくれる存在かもしれないと、なんとなく思っています。
さんとう花さんのご両親もきっと見守ってくれていると思います。

投稿: moo00 | 2007年3月21日 (水) 13:34

きっとその内にいい事ありますよ。

「Look for the silver lining over the clouds」という言葉があります。「雲の向こう側にある銀色の裏側を見なさい」つまり、雲の向こう側には、太陽があるから、あきらめずにじっと耐えれば、必ずいいことがあるのだと。

適当な言葉が見つかりませんでしたが、気楽にいきましょうや!

投稿: 晴兵衛 | 2007年3月21日 (水) 17:13

mooOOさんコメントありがとう(^o^)
私も今日はおはぎを仏壇にお供えしました。
小さなロッカータイプの仏壇で、両親を祀るにはあまりにささやか過ぎるのですが、甲斐性のない娘だと苦笑しているに違いありません(笑)
亡くなった人は永遠の守り神ですよね。
きっとあの世で優しく見守ってくれているはずですよね!(^^)!

投稿: さんとう花 | 2007年3月21日 (水) 18:40

晴兵衛さんコメントありがとう(^o^)
So the right thing to do is make it shine for you.
楽あれば苦あり、苦あれば楽あり。
それが人生、これが人生。
きっと一筋の光が射し込むはず、
ですよね(^_-)-☆

投稿: さんとう花 | 2007年3月21日 (水) 18:54

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