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2007年4月30日 (月)

秋野不矩美術館。

二輌編成の遠州鉄道(あかでん)に揺られて終点の西鹿島駅下車。
二俣山東行きのバスに乗り換えて10分ほど行くと、「秋野不矩美術館入口」にて下車。
快晴の下、こいのぼりがそこかしこでたなびくのを横目で見ながら山のゆるやかな斜面を登って行くと、秋野不矩美術館がひっそりと佇んでいます。
私はここを何度か訪れていますがその度に友人のK美さんも同行させてしまうのです。

秋野不矩(あきのふく)は静岡県浜松市天竜区の出身で、静岡県立二俣高等女学校(現・二俣高校)を卒業していて、私の亡き母の先輩でもあります。
秋野の画風が知られるようになったのは、何と言ってもやはりインド以降だと思います。インド以降の印象的な画風は「日本画という素材でこそ表現され得た世界」であったのです。
「滔々と流れるガンジス河、刻々と変化する自然の様相、インドの微笑みをたたえる女神たち、強烈な日差しのために漆黒の影を落とす民家、壮麗な寺院ファサード、祈りの絵を描く女性、壁に描かれた祈りの形、厳しい自然の中で息づく動物たちそして人間・・・秋野が描くのはインドの名所ではなく、インドに生きる人間の目線で眺められた光景である」のです。

秋野作品の「廃墟Ⅱ」という大作を前にした時、ぬけるようなコバルトブルーの空の下、朽ち果てた石柱が立っていることのギャップに乾いた風の音を聞いたような気がしました。果てしない広野に孤独の静寂を感じさせるのです。
また「渡河」は、ベンガル湾に注ぐダヤ川を雄々しく進む水牛たちの姿を描いています。そこには人間の手が加わることのない自然の息吹が画面いっぱいに広がり、畏敬の念さえ抱かせるのです。

素晴らしい作品に触れて清々しい気持ちで館内を去ろうとした矢先、二十代の正装したカップルが秋野作品を前に何やらいちゃいちゃしていました。
男性は女性の後ろに立ち、手を回してぴったりと密着。
サリーをまとったインド女性を描いた作品を見ながら、おそらく次のような会話が展開されていたのでしょう。(私の妄想ですが。)
「この人ステキだわ。真っ赤なサリーがとてもよく似合ってる。」
「そうだね、でも・・・。」
「でも・・・?」
「でも、君の方がもっとステキだよ。」
私は何か絶望的な気持ちで二人の前を横切り、美術館を去るのでした。
そのようすを克明にK美さんに報告すると、K美さんはシニカルな笑みを浮かべて一言。
「ファッションで美術館に来るんじゃねーよ、ったく。」
そして私を置いて足早に坂道を下って行くのです。
「あ、待って。早いってば、そんなに早くいっちゃヤダ。」
私は小走りに追いついて行こうと必死。
K美さんは振り向きざまエヘヘと笑いながら、
「ゆるして候(早漏)。」
K美さん、それはおもしろすぎます。でもそれは私の前で言うに留めておいて下さい。間違っても殿方の前では禁句です(笑)

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2007年4月28日 (土)

珠緒作戦。

僕の唇に再び謝罪の言葉が浮かびかけた。
このように自己の内に惜しみなく浸っている人を前にすると、常に僕は驚きのあまり、深く恐れ入ってしまうことになる。
(『グレート・ギャツビー』より村上春樹・訳)

自分の気持ちを素直に伝えようとすればするほど、言葉は空回りして回りくどくなってしまいます。
シンプルにストレートな表現というのは、照れくささとか余計なプライドにとらわれてなかなか口にするのは難しいものです。

「大好きが通り過ぎて、何と言ったらいいのか分からない。」

そんな告白を受けたことがあるでしょうか?
私の心臓は高鳴り、メランコリックで甘美な気分に酔いしれるのです。
でも、その反面、心が激しい不安に怯えるのです。

先日、我が友人K美さんは岩盤浴に出掛け、おまけに露天風呂にも浸かったとご機嫌に語ってくれました。
私は露天風呂と聞くやいなや湯けむりの中、湯ぶねに浸かる艶めかしい女体が脳裏を過りました。
「ねぇ、露天風呂って裸で入ったの?」
私はおそるおそる尋ねました。
「うん、水着では入らなかったよ。もちろんタオルも巻いてないし。」
K美さんの言葉には自信が漲っていました。
「それがさー、すぐそばを『リゾート21』っていう列車が走っていて乗客がみんなこっちを見てるわけー。アタシ一人だけだったから目立っちゃって目立っちゃって。」
K美さんのナイスバディ(?)を拝むことのできた伊豆急行の乗客の皆さんは幸せ者です。
「さんとう花さんもいっしょに行こうよー」
「私はいいってば。人前で裸になるのは恥ずかしいもん。」
「へー、そうなんだー」
「私の裸を見るのは、私を抱いた男だけ(ハート)」
「おーっ!モテる女は言うことが違うねー」
私は思うのですが、35歳の独身女性の会話というのはなんと哀しい響きを持つのでしょうか。
お互いがお互いを褒め合い、羨ましがり、果ては過去の記憶にさかのぼりダメだしし合うのです。
「やっぱり女は甘ったるい声出して、さとう珠緒みたいに年甲斐もなくブリっ子しなくちゃダメなんだってばー」
「え?中村玉緒?」
「違うってば、さとう珠緒。」
「え?佐藤蛾次郎?」
「そうそう、佐藤蛾次郎・・・じゃなくて、さとう珠緒!」
こういうボケを繰り返しているようじゃ、まだまだ私たちの春は遠いなぁ・・・(涙)

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2007年4月22日 (日)

恋のハンター。

どうしてみんなこれほどまで孤独にならなくてはならないのだろう、ぼくはそう思った。どうしてそんなに孤独になる必要があるんだ。これだけ多くの人々がこの世界に生きていて、それぞれに他者の中になにかを求めあっていて、なのになぜ我々はここまで孤絶しなくてはならないのだ。何のために? この惑星は人々の寂寥を滋養として回転をつづけているのか。
(「スプートニクの恋人」より村上春樹・著)

私は何か厄介なことに行き当たると、すぐに誰かに甘えたくなってしまいます。たくさんの優しい言葉より、孤独を埋める温もりが欲しい。しっかりと、強く、抱きしめてもらいたいと思ってしまいます。
私がふわふわとあらぬ風に吹かれてしまわないように掴まえていて欲しいのです。
離さないでもらいたいのです。

我が友、K美さんにも春が訪れました(笑)
彼とは物理的に距離があるので会うこともままならないらしいのですが、朝はおはようメールに始まって夜はおやすみメール。
二人がひそやかなメール交換の中に愛をあたためあっているのかと思うと、うらやましくてなりません。
私とK美さんはこの年齢になっても気持ちは二十歳ぐらい(?)なのです。
いつだったか、私の好きになった人が謎めいていて、もしかしたら妻帯者かもしれないと苦悩していると、K美さんは私の手を取りその男性宅付近に張り込んだのです。
「さんとう花さんはここで待っていて。」
と言い残すと、K美さんは男性宅の前を何度も行ったり来たりして洗濯物のチェック、玄関先のチェック、庭先のチェックを抜かりなく済ませ、最終的に訪問販売のフリをして呼び鈴まで押しそうになりました。
とその時、道路の雪かきをしていた男性が不審に思ってK美さんの方を一瞥しました。K美さんはすかさず、
「あのー、この辺に本屋さんてありますか?」
と、通行人のフリを決め込むのです。三文芝居もここまで来ると見事な演技力。私は電柱の影に隠れて息を呑む思いで見守っているのでした。
やがてK美さんの結果報告。
「うーん、妻帯者じゃないと思うな。まず、玄関先にだらしなく吊る下がっている簾は奥さんがいたら許せないと思うし。この雑然とした雰囲気は間違いなく独身だよ。」
名探偵K美の推理は素晴らしいものでした。
結局、その男性からはさりげないアプローチを受けたものの、私の気持ちが定まらず、心がゆらゆらとゆらめいたままいつの間にか過去の記憶になってしまいました。

今、私は過去の経験を活かし(?)K美さんに恋愛の何たるかを伝授しています(笑)
「恋のハンターにならなくちゃダメだよ。」
と言うと、K美さんは「なるほど」と神妙に肯きます。
「男心を鷲掴みにしなくちゃ、わかる?」
「うんうん。」
「飢えたオオカミのように物欲しげじゃダメなんだって。よその女に奪われそうになっても泣いてすがったら負けなんだよ。『あの女のところへ行けばいいじゃん、のし付けてくれてやる!』ぐらいの勢いがなくちゃ。」
「・・・前はそれで失敗してるんだよね・・・実際よその女に奪われて・・・それっきり・・・」
「・・・・・・(絶句)」

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2007年4月20日 (金)

武田信玄。

鞭声粛々夜河を過る
暁に見る千兵の大牙を擁するを
遺恨なり十年一剣を磨く
流星光底長蛇を逸つす
(頼山陽)

人生とは闘いなのかな、と脳裏を過ることがあります。
平穏無事に生活していくことが望ましいけれど、それほど甘い道程ではないのです。
両親の存命中は、人生の何たるかなんて考えもしなかったけれど、自分が自分の足だけでふんばらねばならなくなった時、その意味とか意義を否が応でも考えずにはいられなくなりました。
世の中というのは自分だけの都合では回らない。
また、自分だけの意思ではどうしようもできないことが多々あります。
「これで完璧だ」と思って計画し期待していたこともことごとく打ち砕かれ、他者の非情な拒否を目の当たりにすることもあります。
ではそんな時、一体どうしたら良いのでしょうか?
これも一筋縄ではいかず、a+b=cという具合にスマートな解答はありません。
ただ私は、北信濃の支配権を巡る武田信玄率いる甲軍と上杉謙信率いる越軍の「川中島の戦い」を思い出すのです。

私の愛読書の中に新田次郎の「武田信玄」があります。
「人生とは闘いだ」と自己陶酔していつの間にか本当の辛さも忘れてしまうほどになるのは、この著書にある川中島合戦シーンを幾度となく読むことで、そこから熱く漲る命がけの精神、躍動感を分け与えてもらっているからかもしれません。

著者の新田次郎は長野県諏訪市出身で、電気通信大学を卒業しています。妻は作家の藤原ていです。気象庁に入庁し、公務員勤めをしながらの文筆活動を続けます。
「強力伝」で第三十四回直木賞を受賞しています。
主な著書に「八甲田山死の彷徨」等の山岳小説があります。
「川中島の合戦」は数回に渡ってくり広げられますが、特に激戦だったのが4回目の戦いです。
川中島一帯を包む深い霧。
夜陰に乗じて越軍はひたひたと甲軍の本隊に近付いて来るのです。
一寸先も見えぬ霧がやがて晴れた時、いるはずのない越軍が眼前に布陣。武田軍は愕然とするのです。
上杉謙信は、猛将、柿崎景家を先鋒に「車懸りの陣」、対する武田信玄は「鶴翼の陣」にて応戦。
この息を呑む戦いに胸を躍らせて読み耽ってしまうのです。
後年の史実には、川中島の合戦は武田軍の勝利とする見方が多いのですが、この戦いで信玄は頭脳明晰にして信玄の右腕とも称された弟、典厩信繁、それに軍師山本勘助らが討死するという大きな代償を払うことになってしまいました。

今でこそ日本は国内紛争もなく安穏とした生活を送ることが出来ますが、私たちはいつだって社会的なストレスに晒されて生きているのです。
命を脅かされることはなくとも、日々心を脅かされ、幾度となく闘いを挑まねばならないのです。
それは、川中島の合戦にて対決した武田と上杉にも匹敵する、激しく厳しい長期的な闘いなのです。

「人生とは自分との闘い」なのかもしれません。

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2007年4月 8日 (日)

ローエングリーン。

デジタルの時代にレコードを聴くなんて、時代錯誤も甚だしいかもしれません。
アナログステレオのスイッチを入れ、レコードプレーヤーにレコード盤を乗せ、そこに針を落とします。
静かに回転するレコードを確認したら、椅子に腰掛け、ただひたすらスピーカーから流れて来る重厚な音に耳を傾けるだけです。

私はワーグナーの「ローエングリーン第一幕への前奏曲」を聴きました。
指揮はヘルベルト・フォン・カラヤン、演奏はベルリン・フィルハーモニー管弦楽団です。
西陽の射す私の書斎は、板の間の上をホコリが不思議な模様を描いて踊っていました。
「ローエングリーン」は天国的な気分に始まります。
そこは金色に輝く草原。
私はそこに埋もれ、人知れず天使の群れに伴われて幸福な感情に満たされるのです。
この歌劇は、グリム兄弟の「ドイツ伝説集」やドイツ・バイエルンの某吟遊詩人の作品などが参考となり、作り上げられました。
それはワーグナーの作品中でも最も芸術的香りが高く、意味の深い、素晴らしく完成度の高い戯曲なのです。

カラヤンのカリスマ的な指揮のもとにくり広げられる音の波におそわれながら、私は徐々に上り詰め、やがて幾度となく果てるのです。
夢と現実が交互に入り乱れ、欲望の剣が私を貫き、乱反射する一条の光が足元を照らします。
私は放心状態のままロマン歌劇の終焉を聴き、無条件に身を焦がすほどこの音を愛するのです。

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2007年4月 7日 (土)

東電OL殺人事件。

人間は変りはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。
人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。
それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。
人間は生き、人間は堕ちる。
そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。
(『堕落論』坂口安吾・著より)

昨年の秋ごろまで私は中三男子の英語と数学の家庭教師をやっていました。
不登校児で勉強が遅れているという経緯もあったので、あまり気乗りのする話ではなかったのですが、我が家まで親御さんが送り迎えをしてくれるという条件で引き受けたのです。
中二の二学期ごろから不登校になり、以来自宅に引きこもってゲーム三昧。当時深刻な状況でした。
しかしその生徒も今月から高校生、だと思います。
堕落した環境からリセットする良いチャンス。
勉強なんて二の次で良いから真面目に学校に通って多くの人間にもまれ、己の道を突き進んで欲しいものです。
「堕落」自体は悪いことに決まっています。
しかし「モトデをかけずにホンモノをつかみだすことはできない。表面の綺麗ごとで真実の代償を求めることは無理」なのです。
人間が生きるということは、結局、「潔く堕落する」ことなのかもしれません。

平成九年三月八日の深夜、渋谷区円山町の木造モルタルアパートの一室で東電OLが何者かによって絞殺されました。
昼は美人エリートOL、夜は売春婦。
一体彼女の中に何が起こったのでしょうか?
私は「東電OL殺人事件」を読みました。
著者の佐野眞一はノンフィクション作家で、早稲田大学第二文学部(夜間部)を卒業しています。代表作に出版不況の現場をルポした「だれが『本』を殺すのか」等があります。
「東電OL殺人事件」は、衝撃の事件発生から逮捕されたネパール人の劇的な無罪判決までを追ったノンフィクションなのです。

「五千円ちょうだい。」
見ず知らずの男にそう言って、彼女は一回の性交に五千円という代償で己の体を安売りしていたのです。
私はそこに孤独を感じました。
三十九歳という若さで命を落とさなければならなかった彼女の悲鳴を聞きました。
恵まれた家庭環境、申し分ない高学歴、一流企業への就職、魅力的な顔つき、スレンダーな身体。
一体何が不満だったのか・・・?
彼女は何故堕落の道を選んだのか、彼女をそう仕向けたものは何だったのか。
作中、目を覆わんばかりのシーンが度々出て来ますが、そこに現代社会の深淵を感じないではいられなくなるのです。
彼女の徹底した堕落ぶりは、小遣い稼ぎに援交するケチな女子高生などとうてい及ぶものではありません。
私は人間社会の闇を垣間見たような気分になりましたが、実際は想像を絶する異空間なのかもしれません。
でも一歩間違えたらどんな人間でも踏み入れてしまう、残酷で冷酷非情な心の深淵なのです。

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