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2007年4月 7日 (土)

東電OL殺人事件。

人間は変りはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。
人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。
それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。
人間は生き、人間は堕ちる。
そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。
(『堕落論』坂口安吾・著より)

昨年の秋ごろまで私は中三男子の英語と数学の家庭教師をやっていました。
不登校児で勉強が遅れているという経緯もあったので、あまり気乗りのする話ではなかったのですが、我が家まで親御さんが送り迎えをしてくれるという条件で引き受けたのです。
中二の二学期ごろから不登校になり、以来自宅に引きこもってゲーム三昧。当時深刻な状況でした。
しかしその生徒も今月から高校生、だと思います。
堕落した環境からリセットする良いチャンス。
勉強なんて二の次で良いから真面目に学校に通って多くの人間にもまれ、己の道を突き進んで欲しいものです。
「堕落」自体は悪いことに決まっています。
しかし「モトデをかけずにホンモノをつかみだすことはできない。表面の綺麗ごとで真実の代償を求めることは無理」なのです。
人間が生きるということは、結局、「潔く堕落する」ことなのかもしれません。

平成九年三月八日の深夜、渋谷区円山町の木造モルタルアパートの一室で東電OLが何者かによって絞殺されました。
昼は美人エリートOL、夜は売春婦。
一体彼女の中に何が起こったのでしょうか?
私は「東電OL殺人事件」を読みました。
著者の佐野眞一はノンフィクション作家で、早稲田大学第二文学部(夜間部)を卒業しています。代表作に出版不況の現場をルポした「だれが『本』を殺すのか」等があります。
「東電OL殺人事件」は、衝撃の事件発生から逮捕されたネパール人の劇的な無罪判決までを追ったノンフィクションなのです。

「五千円ちょうだい。」
見ず知らずの男にそう言って、彼女は一回の性交に五千円という代償で己の体を安売りしていたのです。
私はそこに孤独を感じました。
三十九歳という若さで命を落とさなければならなかった彼女の悲鳴を聞きました。
恵まれた家庭環境、申し分ない高学歴、一流企業への就職、魅力的な顔つき、スレンダーな身体。
一体何が不満だったのか・・・?
彼女は何故堕落の道を選んだのか、彼女をそう仕向けたものは何だったのか。
作中、目を覆わんばかりのシーンが度々出て来ますが、そこに現代社会の深淵を感じないではいられなくなるのです。
彼女の徹底した堕落ぶりは、小遣い稼ぎに援交するケチな女子高生などとうてい及ぶものではありません。
私は人間社会の闇を垣間見たような気分になりましたが、実際は想像を絶する異空間なのかもしれません。
でも一歩間違えたらどんな人間でも踏み入れてしまう、残酷で冷酷非情な心の深淵なのです。

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コメント

少し前の話ですが、ある国会議員の娘さんがアダルトビデオに出たことを告白するという記事を読んだことがあります。

自分の生い立ち、両親の締め付け。人形のように成人し自分というものを全く認められずに生きてきて、はたと気ついたとき、自分を堕落させることで両親への復讐を果たす。

おそらく、東電OLも出自や成長の過程で想像を絶する何かがあったのではないでしょうか。気の毒な人生ではありますが、それもその人が選んで生まれてきた一生なのでしょう。

投稿: けい | 2007年4月 8日 (日) 20:17

けいさんこんばんは(^o^)
そうですね、徹底的な堕落というのは大変な勇気のいることだと思います。
こと人間というのは中途半端なプライドに支配されているので、自分を貶めることはそう易々とはできませんから。
やっぱり生きてきた環境とか親子関係、個人の持ち合わせた性格的なものが多分に影響しているのかもしれませんね。
ところでけいさんは堕ちるところまで堕ちてみたいと思ったことはありませんか?(笑)
あなたのお立場からすると、やはり堕落は罪でしょうか?

投稿: さんとう花 | 2007年4月 8日 (日) 22:41

歳をとるとだんだん寂しくなっていく。夜更けに一人眠れずにいると、もしかしたら、この世界には私しか存在していないんじゃないかと思えて、誰でもいいから電話したくなる。でも、友達は子どもやだんなの世話に忙しく、生活の状態も違うので会話もかみあわない。明日がくれば、何かが変わるのだろうかと期待してみても、目覚めれば何も変わっていない。いつものように醜い私が、鏡の前に引きつったように笑っているだけ。毎日ハンを押したように会社に行き家に帰る。そんな毎日にもうんざりしている。でもどこにも出口はない。長年生きていると、余計なしがらみばかり増えて鎖のように心に巻きついて離れない。もう痛みさえなくなっている。明日なんて消えてなくなればいい。そう思ったとき、ひとは果てのない底なし沼に身を沈めて、誰も知らないところへ行ってしまくなるのだろう。彼女は、東電とかキャリアとかそんなしがらみをたちきってただの女になりたかったんじゃないだろうか。ただただ一人の女として愛されたかったんじゃないだろうか。すべてのものを手にいれることは誰にもできないと知っていても、かなわぬ望みを抱くのが人の性。その代償はかなり大きかったが、彼女がつかの間のぬくもりに、確かにここに自分が生きていることを感じられたのなら、悪くはなかったのでは・・・と思ったりもする。女は女。愛という水がなければ、すぐに枯れてしまう花なのだ。私には彼女を笑い飛ばすことも蔑むこともできない。私も弱いから。私も寂しいから。

投稿: かず | 2007年4月10日 (火) 23:35

「堕落する」という基準は人によって違うかもしれません。どこまでをボーダーラインとするかは難しいところですね。
私の過去にも人には言えない記憶の塊があります。
その一つが「不倫」です。交際し始めた当初は相手が妻帯者であることを知りませんでしたが、ある時突然打ち明けられて事実を知らされます。
私は自分という人間が信じられませんでしたよ。
誰かを確実に傷つけていることがわかってしまった以上、この関係を続けていくことはできないと思いました。他人の不幸の上に成立する幸福などありえないと思いましたから。
でも、すぐには関係を断つことは難しかったです。
女としての情もあるし、抱きしめられることの心地よさを知ってしまった以上、それに代わるものを見つけることは本当に難しいですから・・・。
最後は本当に「堕落」していました。
世間の目を欺いて、こそこそと密会を重ねるのです。
こんな肉欲に縛られるのはもうイヤだと思いました。
結局、精神的な充足感のない肉欲は、両者とも打算的な排泄行為にも似たものでしかないのかもしれません。
東電OLの悲劇は一重に、愛情のない肉欲に己を投じてしまったこと。
私たちは見極めることが要求されます。
今、何をすべきか、何が必要なのか。
人生においては己が主人公。
お互い、がんばりましょう。

投稿: さんとう花 | 2007年4月11日 (水) 17:46

なかなか重いテーマですね。
「堕落」…か。
「堕落」したことのない人間って、
綺麗ごとを並べているだけか?
失敗の経験をしたことない人間と同じ?
「堕落」ばかりでは道は開けないでしょう。
そこに「向上心」がなければ。
「安定」を求めても、「安定」が過ぎて、
「堕落」を求めてしますのでしょうか?
それは、「刺激」的な世界のような気がします。

投稿: カイ | 2007年5月 4日 (金) 01:08

カイさんコメントありがとう(^o^)
そうなんですよ、このテーマはとても重いので個々の考えとか生き方に重点を置くしかないのです。
堕落については、これもまたそれぞれの思考の差からどこまでが許されてどこから許されないのかで、ずい分とスタンスが変わってくるような気がします。
なんでもそうですが、安定を求めれば刺激というスパイスが欲しくなるし、刺激を求めれば安定という王道に帰りたくなるのですよね・・・(^_^;)

投稿: さんとう花 | 2007年5月 4日 (金) 11:50

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