あおげば尊し。
南木佳士の地味だけどしっかりとした文体とはまるで両極な重松清の作品に触れました。
これは皮肉でもなんでもなく、広く大衆に受け入れられる売れっ子作家たる所以を知ったような気になりました。
文字を追うことに苦痛を感じさせないのです。
わかり易く明瞭な表現もさることながら、時代の流れを意識した背景、設定、会話、どれを取っても申し分のない完成度の高い作品なのです。
今回読んだのは「卒業」ですが、これは『まゆみのマーチ』『あおげば尊し』『卒業』『追伸』の四編が収められています。
作者の重松清は岡山県津山市出身で、早稲田大学教育学部を卒業しています。代表作に「ナイフ」「エイジ」「ビタミンF」等があります。「ビタミンF」では直木賞を受賞しています。
『あおげば尊し』は、2004年に映画化されています。
さてそのあらすじですが・・・。
教師生活を38年間続けて来た光一の父は、末期ガンで命旦夕に迫っていた。本人の希望で在宅医療を選択したものの、在宅で最期を看取るというのは決して楽なことではなかった。
父は厳しくて冷たい教師だった。「生徒を枠に押し込み、管理して、自由を認めず、成績の良くない生徒や素行に問題のある生徒は容赦なく切り捨てる」姿勢を貫いた教師人生だった。
一方、光一も父と同じ教師(小学校)という道に進んだ。光一が担任する児童で田上康弘という問題児がいた。死体に興味があるとかで、インターネットの死体サイトをのぞいたり、動物虐待のサイトを見ては楽しんでいた。
光一は命の重さを教えるためにもどうにかしなければと、思い切って自分の父と康弘を対面させてみることにする。死をどこまで実感できるかどうかはわからない、が、人はこんなふうに死の瞬間に向かって一歩ずつ進んでいくんだ、ということぐらいは感じ取ってくれるのではなかろうかと思ったのだ。しかし・・・。
作品は驚くほどドラマチックで涙を誘うものでした。
けれどそこに重厚感はありませんでした。
「ああ、もう一度読んでみたい」
そういう気持ちは皆無でした。
引用したい言葉もなく、心に残る鮮明な感情もないのです。
あるのはドラマチックな演出と、疲労すら感じてしまう透明度の高い人間関係でした。
今さら気づいたことなのですが、実は小説の醍醐味というのは、誰もが安心して読める爽快感と娯楽性にあるのかもしれません。
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