« 帯久。 | トップページ | 金剛院。 »

2007年8月13日 (月)

天橋立。

毎年この時期になると、たまらない孤独感に襲われます。
それはまるで、月面をとぼとぼと歩いているような息苦しさなのです。
それでもお盆は太陽の陽射しのように、等しく降り注がれます。
私は自分という存在に何らかの意味を見い出すのがたまらなく億劫で、しかも疲れを感じました。このまま何も考えずに天国への階段を一段ずつ昇って行けたら良いのに、と密かに死の気配を含んだ静けさを自分の中に漂わせるのでした。

38度というこの夏一番の猛暑を記録した8月11日、丹後半島は天橋立に行って来ました。駅前の民宿で自転車をお借りすると、スカートの裾をパタパタとはためかせて颯爽と出発。私の背後には、親友K美さんが同じく自転車で追って来ます。
宮津湾と入り海の阿蘇の海を分けるように延びる松並木を天橋立と呼ぶのですが、白砂青松の海水浴場として賑わう天橋立公園を、私はスイスイと自転車で泳ぐのでした。
阿蘇の海にくっきりと描かれた一筋の船の軌跡を横目に、潮の香りを胸いっぱいに吸い込みながら、距離にして3,6kmの松並木をリズミカルにペダルを漕いで行きました。
元伊勢籠神社の側にある無料駐輪場に自転車を置くと、ケーブルカーにて傘松公園へ。そこは脚の間からさかさに眺める「股のぞき」で知られる所なのです。
天橋立の展望地である傘松公園から眺める松並木は、緑がキラキラと輝いて見えました。遠くの山々は紫に煙り、潮の香りを含んだ風を受けながら、しばしその絶景に見惚れてしまうのでした。
それにしてもこの日の暑さは異常でした。体中の汗がみるみるうちに蒸発していくような感覚に襲われ、視界がチカチカして来ました。ケーブルカーを降りて、駐輪場まで歩くわずかな間にも喉がザラつくような渇きを覚え、K美さんも私も会話らしい会話が長く続かないほどでした。
ふと目に入ったのは軒を連ねる土産物屋の店先に貼られた「黒豆金時ソフトクリームおいしいヨ!」という貼り紙。私たちは目を見合わせて「食べてみよう」ということになりました。
しかし私たち二人には、以前苦い経験がありました。全国津々浦々で見かける「ご当地ソフトクリーム」ですが、私たちは、伊豆はわさびの産地で有名な某売店(この店の名誉と信用にかかわるため店名は伏せさせていただきます)で、わさびソフトクリームを注文しました。
その店の無愛想なオバちゃんは、注文した私たちの顔を不安そうに見つめながら、
「わさびソフトですか? 他にも種類はありますけど」
と言ってバニラ、チョコ、ストロベリー、抹茶などのメニューを書いた貼り紙を指差すのでした。私はそのあまりに売買意欲のない態度に半分イラつきながら、でもこの意志は変わらないとばかりに「わさびソフトでお願いします」と、意地になって注文。
そばのK美さんも「わさびソフトだから食べる価値があるんじゃん」とばかりに肯いて参戦。
どれほどの時間が過ぎたことでしょう。
オバちゃんはおもむろにコーンを片手にすると、私たちに背中を向け、絶望的なムード(?)を漂わせながら一連の作業を済ませ、「私はやるだけのことはやった。あとはあんたたちの責任だよ」とでも言いたげにわさびソフトを私たちに手渡しました。
私とK美さんは「さ、食べよう」と、ペロリとなめ、二口なめ、三口なめ回していると、驚くような辛さが舌をしびれさすのです。そして鼻にツンとあとからあとから押し寄せてくるではありませんか!?
「なんじゃあこりゃあ!?」
この世のものとは思えない味覚に、私たちはただ黙って、なかなか減らないわさびソフトをなめ続けるしかなかったのです。
あの時の苦い経験があればこそ、私たちは冷静に客観的に黒豆金時ソフトと向き合うことができたのです(笑)
天橋立で食べた黒豆金時ソフトのおいしかったことと言ったら・・・!
私もK美さんも数々の艱難辛苦を乗り越え、やっとこの美味と出会うことができたのです。
「ああ、なんておいしいんだろう!」
私たちは店先の長椅子に腰掛け、通行人の羨ましげな顔に優越感を抱きながら完食したのです。

|

« 帯久。 | トップページ | 金剛院。 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。