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2007年9月 3日 (月)

ゲド戦記。

私の思い過ごしでなければ、最近の映画とか出版物などでは「生きる」というテーマが広く取り上げられているような気がします。それはもしかしたら「再生」という意味合いに近いかもしれません。
人間は何度となく同じ過ちを繰り返し、ややもすれば己に打ち克つことを断念しがちです。それでもとにかく、起き上がってやり直そうとする精神、いわば「再生」しようとする魂こそが大切なのではと思うわけです。

私は「ゲド戦記」を観ました。映画は2006年に公開されています。
謂わずと知れたジブリの作品ですが、監督は宮崎駿ではなくその長男である吾朗が務めています。
原作はアーシュラ・K・ル=グウィンという米国の女流ファンタジー作家の手掛けた長編小説で、主に第3巻の「さいはての島へ」が基になっています。
物語は、世界の均衡が崩れ、人々の頭がおかしくなっていくところから始まります。
エンラッドの王子が正体不明の影に追われ、出奔してしまいます。旅先で偶然に出会ったハイタカ、最も偉大な魔法使い(大賢人)にあらゆる意味で救われ、心理的成長をとげていく過程を描いています。
この作品に関しては賛否両論あるようですが、「生きる」という永遠のテーマを真摯に扱っている点で成功していると思いました。
主人公のアレンが得体の知れない影に追われ、恐怖感からひたすら逃げ続ける描写など、映像からストレートに伝わって来るものがありました。
また、見事なセリフの言い回しから、作り手の明確な意図を披露しています。
街の路地裏では薬物中毒となった廃人が群れ、店先に並べられた商品はどれもまがい物ばかり。公然と人身売買が成立し、猥雑極まりなく、そこに人間としての誇りや威厳は微塵も感じられない世界。それは現代社会を痛烈に批判し、メッセージ性が強く現れたものになっていました。

私たちはとかくイヤなことから目を背けがちです。
まともに向き合ってしまったら、心が悲鳴を上げてしまうからです。
でも物事には全て、光があれば必ず影もできてバランスが取れているのです。
一日がずっと真昼の太陽の下にあったら、この世はどうなってしまうのでしょうか。
静かな闇に浮かぶ月のない世界なんて、考えられるでしょうか。
私たちは明と暗を共通に受け入れることで本来の自分と向き合えるのです。
陽気で明るく楽しいことばかりではないのです。
辛く苦しいこともひっくるめて人生なのだと。
物語中、アレンとテルーの会話に胸を熱くせずにはいられませんでした。
感情がほとばしるように、心が鮮やかな光に照らされるのでした。

「大切なものってなんだろう?」
「大切なものは命に決まっている」
「終わりが来ることがわかっていても、それでも生きていかなければならないのかな?」
「違う! 死ぬことがわかっているから命は大切なんだ。アレンが怖がっているのは死ぬことじゃないわ。生きることを怖がっているのよ!」

私たちはとにかく無条件に生を全うし、次の誰かに引き継いでいかねばなりません。

「そうして命はずっと続いていくんだよ」

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