アンジェラの灰。
精神的にも経済的にも貧しい時期がありました。
あまり思い出したくはないのですが・・・。
そう、私が中学に入学して間もない6月3日(日)の朝。
突然、父が病に倒れたのです。
父はそれまで自営業を営んでいたので、固定給などはなく、退職金もありませんでした。
お店をたたんだことで、日銭は一銭も入らなくなりました。
つい3ヶ月前までは小学生だった私に知恵など浮かばず、とにかく母の悲壮な表情をうかがい、ピアノのレッスン、クラッシック・ギターのレッスン、ガールスカウト、華道、茶道などあらゆる習い事をきっぱりと辞め、先の見えない不安に怯えていました。
大人になった今なら、あの時の母の心情を理解できます。
父の高額療養費に充てるため、所有していた土地を売り払い、預貯金を解約し、果たしてどこまで食いつなぐことができるのか?
あるいは我が家とその敷地を抵当に入れ、どれほどの融資を受けられるのか?
父の介護と12歳の私の面倒は、母の背に重くのしかかったに違いないのです。
私は「アンジェラの灰」を観ました。
この作品は、フランク・マコートの自叙伝「アンジェラの灰」を映画化したもので、名誉あるピューリッツァー賞を受賞しています。
1999年にアメリカで公開され、翌年には日本でも封切られました。
1930年代の世界的大恐慌のさなか、アイルランド出身のマラキとアンジェラ、そしてその子供たちを取り巻く極貧生活を赤裸々に描く。
ニューヨークで暮らすマラキとアンジェラには、5人の子供たちがいたが、生活が貧しく、生まれたばかりの赤子を死なせてしまったのをきっかけに、アイルランドへと戻る。
だが、目下失業中のマラキはプライドだけは高く、失業手当がおりると友人らに酒をおごり、自分も飲んだくれて、一向に生活は改善されなかった。
雨の度に水浸しになってしまうほど傾いた部屋を借り、子供たちは着たきりすずめの格好で学校へ通うのだった。
アラン・パーカー監督の、憂鬱でけだるく退廃的なムードを押し立ててのこの作品は、実際には救いようのない絶望的な内容であるにもかかわらず、作中のそこかしこにコミカルでささやかなユーモアが散りばめられているのです。
極貧生活の中から見出した一筋の光、それは渡米への夢。
ラストでは主人公のフランクが、やっとの思いで渡航費用を貯め、家族と貧しい近所の隣人に見送られて乗船。
甲板から自由の女神を仰いだ時、一体どんな気持ちだったのでしょうか?
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