日の名残り。
仕事が終わって屋外へ出ると、あたりはすっかり暗くなっているのです。
日が短くなって、寒さと寂しさに震える季節になりました。
「石焼きいも~おいしいおいもだよ~!」
と言う焼きいも屋の軽トラックが、住宅街を徐行している光景は、妙に切なく感じます。
もう何年もこんな生活を続けて来たと言うのに、さらになお孤独に拍車をかけるのは、このどうしようもない季節感なのです。
一度結婚に失敗しているせいもあって、よそ様の仲睦まじい家族愛に触れると、むしょうに羨ましくなります。
何気ない一コマが、まるで映画のワンシーンのように輝いて見えてしまうのです。
そんな中、私はジェームズ・アイヴォリー監督の「日の名残り」を観ました。
1993年公開のイギリス映画なのですが、非常に格調高い作品です。
ダーリントン邸の執事スティーブンスが主人公で、共に働くミス・ケントンへの淡い思慕を描いています。
スティーブンスというのがとにかく主人に対して常に忠実で、いわゆる“堅物”と言うタイプ。
女中頭的な存在であるミス・ケントンは、そんなスティーブンスに惹かれていて、スティーブンスも同じ気持ち。
なのにスティーブンスは不器用で堅物で仕事最優先を美徳としているため、自分の個人的な恋愛感情を封印。
ミス・ケントンはあの手この手でスティーブンスの本音を聞き出そうとするものの、あえなく失敗。
結局、他の男性と結婚してしまう。
この地味なストーリーのどこが気に入ったかと言えば、全て。
本当に全てです。
手も握ることなく、ましてや肌を寄せ合うことすらない大人二人のいたいけな純愛に思わず胸が高鳴りました。
ミス・ケントンがスティーブンスに業を煮やして他の男性と結婚してしまったところ、後悔もある反面、夫ほど自分を必要としてくれる人はいないのだと改めて気付くシーンや、スティーブンスの新しく仕えることになった米国人富豪のルイスに合わせてジョークを習おうとする、半ば吹っ切れた前向きな姿勢に目頭が熱くなりました。
執事スティーブンス役に名優アンソニー・ホプキンス、ミス・ケントン役にエマ・トンプソン。
実に見事な演技力で、激しい感動の波に襲われるのでした。
秋の夜長、孤独を封印する珠玉の一作としておすすめです。
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