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2009年6月27日 (土)

ターミネーター2。

あれはまだ私が伊豆の片田舎に住んでいる時のこと。
月に一度、町内の公民館で映画の上映会がありました。
公開より半年以上経った作品の上映と言うこともあり、町民は¥500で鑑賞することが出来ました。
いつもは友人を誘って出掛けるのが恒例でしたが、「T2」の時はなぜか友人の都合が悪くていっしょに行く相手がいませんでした。
夜の7時半からの上映なので帰りは10時過ぎになってしまうため、さすがにこの時ばかりは半ばあきらめていたところ、当時まだ健在の母が「行ってみたい」と言うのでした。
病気療養中の父も、そのころは体調が安定していたため、数時間ぐらいなら留守番も出来たのです。
そんなわけで私と母は、自宅から20分ほどのところにある公民館まで、懐中電灯で足元を照らしながらてくてくと夜道を歩いて行くのでした。
そんな思い出のある「T2」を、例によって仲良しのSさんからお借りして、実に18年ぶりに観ることが出来ました。

1作目、2作目ともメガホンを取ったのは天下のキャメロン監督で、「T2」ではなんとアカデミー賞4部門を受賞するという快挙を成し遂げました。
評論家の多くが絶賛しているので、今さら私が言うまでもないのですが、1作目から2作目では目に見える進化が感じられるという点。
衝撃的だった液体金属の描写など、当時としては最先端の特殊効果を駆使したことがありありと分かるし、何かから何かへと変化するという絶妙な設定は、斬新な悪役として視聴者の心理を釘付けにしたのです。
また、本作では大切なキーワードとなる母親サラ・コナーも、1作目では街にいるフツーのギャルでしかなかった小娘が、「T2」では驚愕するほどの変貌ぶりを見せてくれるのです。
つまり、女性本来の持ち合わせる優しさとかしなやかさなど捨て去り、強くたくましく潔いばかりの戦闘士へと進化を遂げているのです。
要するに前述のような、画期的CG効果も去ることながら、ジェームズ・キャメロン監督の描く世界観、それは脚本にしても演出にしても少しのブレもなく、完璧なまでの映画に完成されたということの証拠なのです。

私は「T2」を再び観る機会を与えられましたが、あの片田舎の公民館で観た感動と少しも変わらない、ドキドキハラハラ感を楽しむことが出来ました。
そして、今は亡き母もあの時は21世紀を垣間見るような思いで斬新な「T2」を観ていたに違いないと、今さらながら確信するのでした。

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2009年6月21日 (日)

蒸発。

梅雨の晴れ間を利用して久しぶりに街まで出かけました。
行動範囲の狭い私が行くところなんて決まっていて、まずはスタバ。
平日の真昼(6月19日)は利用客も少なく、明るい窓際の特等席を確保。
ミックスベリータルトに舌鼓を打ちながら、あったかいコーヒーをいただきました。
ほんのりとベリーの酸味がアクセントとなり、しっとりとしたタルトの生地とムースが口の中に広がるのです。

何をするでもなく、ぼんやりと窓の向こうを眺めていると、歩道に乗り捨てられた数台の自転車を、女性警官が何やらチェックしています。
メジャーで計ったり、登録番号を確認したり・・・。
その脇で淡々とビラ配りに精を出す若い女性。
どうやら英会話教室の宣伝のようです。
足元には、心ない通行人に捨てられたチラシが虚しく散らばっています。

日常が動いている中、私は自分の心の置き場所を必死に探しているのです。
様々な煩わしい出来事から解放されたい。
どこか遠くの方へ行ってしまいたい。
差し当たりこういう心境を“蒸発してしまいたい”とでも表現するのでしょうか。

少し古い作品になりますが、夏樹静子の「蒸発」を読みました。
この作品は1973年に発表されたミステリー小説で、36年後の今読むと、時空を越えて当時の世相がありありと伝わって来るような気がします。

事件は、満席の飛行中の機内から女性客の1人が消失するという不可解な出来事から展開する。
新聞記者であり妻帯者でもある冬木と、夫も子どももいる美しい人妻との不倫が、思わぬ形で深い闇の底へと突き落とされる結末を迎える。
男女の愛が、他人の不幸の上に成立しないものであることを、もの悲しく訴える。

夏樹静子と言えば、長年に渡り、格調高い推理小説を次々と生み出した稀代の女流作家です。
慶應大学在学中に、すでに江戸川乱歩賞の候補に挙がるほどの実力派なのです。
今で言う宮部みゆきのポジションにいた売れっ子作家と表現したら分かり易いでしょうか。
時代が変わり、推理小説も日々進歩していく中、根強く人気が高いのは、やはりジャンルが社会派ミステリーであると言うことでしょう。
現実社会で起きた事件と複雑に絡み合う人間の心理に迫ったミステリー。
これこそが圧倒的インパクトたる所以のように思われます。
コメディタッチの軽い読み物に飽きたら、たまにはじっくりと本物の推理小説をひも解きたいものです。
時代を越えて楽しめる一冊でした。

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