« 2011年2月 | トップページ | 2011年6月 »

2011年3月30日 (水)

与太郎戦記。

東北大地震に見舞われて、すでに2週間以上経ちます。
私自身は直接的被害は受けていませんが、どういうわけか、気持ちの面でとても萎えています。
何かしら途方もない、漠然とした不安で苛まれます。
津波で一瞬にして肉親を亡くされた方々のことを思ったり、自宅がプカプカと流されていく様子を目の当たりにして、被害者の方々がどれほどの恐怖と絶望を感じたかを考えると、想像を絶します。

20代の時、私はすでに両親をあの世へ送っていますが、病気で亡くなっているので、当然、心の準備はできていました。
それでもいざ失ってみると、その計り知れない哀しみに、一体自分は何のために生きているのだろうかと、息をしていることさえ辛い日々もありました。
ましてや今回、地震の後の大津波によって、何の心の準備もなく一瞬にして大切な人を失った方々のことを思うと、もう言葉もありません。

さて、そんな私はただ粛々淡々と日常を過ごすしかありません。
好きな読書も一時はページを開くのもおっくうになってしまいましたが、やっと本屋にも出かけてみようという気持ちになり、文庫本一冊だけ購入しました。

落語家の春風亭柳昇さんの、半自伝的作品である『与太郎戦記』です。
それは、昭和16年に柳昇さんが軍隊に入隊してから、戦地で負傷して帰還するまでを、おもしろおかしく綴ったものなのですが、なかなかどうして奥が深く、読後はジーンと熱いものが込み上げて来ました。

とりわけ兄妹愛を感じたのは、南方に遠征した柳昇さんが、船舶司令部の売店でコンペイトウを買い、東京にいる幼い妹に送るというくだりです。
当時、食糧事情の悪かった日本では、甘い物は貴重品で、柳昇さんは自分の乗る船が沈没しても、妹に宛てた小包を乗せた貨物船は無事に日本に着くようにと願ったとのこと。
こういう深い家族愛が、絆が、日本の戦後の復興を後押ししたのだとつくづく思うのでした。

今後、私たちは様々な問題を抱え、試練に立ち向かわなければなりません。
ですが、生きてさえいれば、きっと何かのお役に立つこともあるでしょう。
まずは平凡な日常生活を粛々と過ごしてゆく。
無理をせず、ぼちぼちとやっていきましょう。

この度は大規模災害に対し、被災地の皆さまには心よりお見舞い申し上げますとともに、一日も早い復興をお祈り致します。

| | コメント (4)

« 2011年2月 | トップページ | 2011年6月 »