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2014年5月21日 (水)

サンダカン八番娼館

思い出すのは、母が亡くなった時のこと。
病院の支払いやら葬儀費用、お寺に差し出すお布施、それに滞っていた家電製品のローンや奨学金の返済で、二進も三進もいかなくなったあのころ。
もうどうやってお金を捻出して良いのやら、万事休すの状況でした。
わずかばかりの積み立て預金も全て解約したところで右から左という、何もかもが負のスパイラルに陥ってしまいました。

「世の中、お金だけが全てじゃない」

と、学校の先生は教えてくれましたが、実際にはお金でたいていのことは解決できてしまうのです。
結局、いっぺんに支払うことは難しいので、優先順位を決め、一つ一つ片付けていこうと決意し、数年をかけてどうにか完済しました。やれやれです。

私がすでに三度も読み直した『サンダカン八番娼館』では、食べることに困った少女らがお金を稼ぐため、その身一つを担保に南洋行きの船に乗り、現地で外国人相手に売春をしたという女性たちの足あとを記したものです。
私もお金のことでは人並みに苦労した方だとは思いますが、『サンダカン八番娼館』に登場する少女たちの、過酷で壮絶な日々を想像すると、私の苦労なんて笑い話にもなりません。

著者は山崎朋子で、福井大学学芸部修了(二部)。女性史を研究するために、日本女性の底辺と言われた海外売春婦たちにスポットをあて、記録したのがこの『サンダカン八番娼館』なのです。

最近では、従軍慰安婦問題が様々な局面でネックとなっているようですが、戦前の日本、とくに天草・島原地方から、同胞である日本人女性が何人も海外へとその身を売られていったのです。
しかしながら、なぜ日本国内ではその事実が公にならないのでしょうか?
彼の国のように、声をあげて泣き叫び、生活の実情と苦悩を訴えても良いはずではないかと思うところです。
著者はそれに対し、次のような見解を述べています。

「女性としての抵抗感がつきまとうということもあるが、売春生活を告白することが家または一族の恥になるという思念が、何よりも大きな障壁となった」

このような日本固有の民族性は美化される反面、なかなか本質が表面化されないため、事実が埋没しがちなのです。
そこで著者の山崎は、思い切って当事者を探り当て、その女性と生活を共にすることでサンダカンにおける体験を聞き出すことに成功したのです。

その女性は、おサキさんという70代の女性。天草在住。
著者が聞き出したおサキさんの初体験たるや、あまりにも陰惨で思わず吐き気をもよおすほどです。

「うちらが客ば取らされたとは、うちが十三になった年じゃった」

な、なんと13歳で?!

「親方どんから無理やり客ば取らされたとじゃが、ひと晩客ば取ってみて、うちらは、恐ろしゅうて縮み上がってしもた。男と女のこと、ようは知らんじゃったもんじゃけん、世の中にこげな恐ろしかこつのあろうか」

あまりに生々しく、これが現実だとしたら、何たる酷い労働かと、正直次のページをめくるのがイヤになってしまったほどです。
サンダカンの女郎屋での娼売ぶりなども、このおサキさんの証言により赤裸々に記されているのですが、

「ふだんの日はそれほど多くの客をとるわけではないが、港に船が着いたような日は、先客が済むのをあとの客が女郎屋の前で待っている始末で、多いときは、ひと晩に三十人もの客の相手をした」

とのこと。
ひと晩に30人?! まるで工場の流れ作業のようです。
私はもう胸がつぶれる思いで読み進めました。
この労働につきまとうものが、女性としての精神的な羞恥心のみならず、命をも脅かすものであることは周知のとおり。
そう、性病です。
梅毒というものは、「感染してもただちに発病するためしは少なく、十年、二十年という長いあいだ体内に潜伏し、思い設けぬときに発病する」のです。
そんなわけで、おサキさんのサンダカン時代の朋友の中には、終戦となって帰国してからかなりの時を経て亡くなるという例もあったようです。

このような酸鼻を極めた女性たちは、一体なぜここまでに身を落とす必要があったのでしょうか?
それは言うまでもなく、貧困という問題が日本社会を巣食っていたからなのです。
明治維新という大きな社会変革が起こった時、近代日本国家は西欧の資本主義に倣うことを目下の命題としました。
それにはとにかく外貨が必要だったのです。
一方では、『あゝ野麦峠』にあるような生糸の輸出で。
もう一方では、海外売春婦が稼ぎ出す外貨の、日本への送金により、日本国家が潤っていたわけなのです。
とにかく近代日本にとっては西欧列強からの植民地化を回避するため、軍事面、経済面において、「ある程度抵抗できるようになるまでは、何としても必要」でした。

その犠牲となったのが、このような底辺の女性たちだったと。
著者が女性としての立場から強く訴える、「少数の独占資本家に厚く、労働者や農民に薄い現代の日本政府」についての問題点は、この著書が上梓された70年代と今現在では少し変わって来ているかもしれません。
とはいえ、平和の国日本が抱える近代の悲哀を知っておくのは、当然の義務のような気がするのです。

山崎朋子渾身のノンフィクションである『サンダカン八番娼館』は、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しています。
書店ではなかなか手に入りにくいでしょうが、図書館なら必ず置いてあるはず。
一読の価値がある名著なのです。

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コメント

通りすがりで失礼します
興味深い内容で閲覧させていただきました
      シュワッチ。

投稿: アジぽん | 2018年7月17日 (火) 23:07

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