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2014年5月31日 (土)

黄落

私はこれまで、アクセス解析というものにあまり興味がなかったので、あえて詳細を見ることもありませんでした。
一方、アフェリエイトなどでお金を稼ぐ方々にとっては、大切なツールの一つだと思います。
閲覧者の男女の比率や世代などが一目瞭然なので、それらを分析して、あれこれ役立てるのかもしれません。
私なんか、せっかくのアクセス解析だというのに、何をどのように見て良いものやら分からず、とりあえず日々の訪問者数だけチェックしています。
だいたい一日に7~8人の方がこちらのブログにアクセスしてくれているようです。
たまに10人を超えると、何だかすごく嬉しい。(笑)
男女の比率は、圧倒的に女性の訪問者が多いようです。
8割の方が40代の女性(30代の方も若干おられる)で占められています。
やっぱり色気のある記事(?)を書かないので、男性にはスルーされてしまうようですね、、、トホホ。

そんな状況を意識したわけではありませんが、今日は、壮絶な介護小説のご紹介をしたいと思います。
最近では、企業で介護休暇など福利厚生を充実させているところもあり、昔とはだいぶ変わって来ました。
しかし、日本人の潜在意識において、老親の介護は嫁の仕事として捉えがちなのです。
今でこそ介護保険のおかげで、デイサービスや入浴の援助などを受けられるしくみが整い、ご家族の負担が多少なりとも軽減されたようにも思いますが、実際にはまだまだかゆいところに手が届いていないのが現実のようです。

『黄落』は、著者である佐江衆一の実体験を記録した、いわば、私小説でもあります。
佐江衆一は、県立栃木高校卒で、代表作に『けんかの仕方教えます』があり、中高生向けのロングセラー小説となっています。

『黄落』のあらすじはこうです。

もうじき60歳の誕生日を迎えようとしている「私」の、87歳の母親が庭先で転んだ。
スープの冷めない距離に自宅を構える「私」の妻・蕗子が、その連絡を聞いて慌てて「私」の老親宅に駆け付ける。
自分は長男なので、老親の面倒をみる立場にあるのだが、実際にあれこれ世話をやくのは妻の負担になってしまう。
妻は、「私」の母が痛みを訴えた患部に湿布を貼って処置をした。
その後、仕事の合間をぬって「私」が老親宅を訪れてみると、92歳の父親が、腰を打って顔を歪めている母に苛立ちを感じているらしく、役立たず扱いしている。
「私」は、痛がる母を見て、湿布だけの処置では心もとないので、病院へ連れて行くことにした。
結局、母は庭先で転んだ際、腰の骨を折っていたことが判明。
このことがきっかけで、「私」夫婦は老親介護を迫られることになる。

この小説を読んだ時、もしも私の両親が生きていた場合のことを想像してみました。
40代の私の親と言えば、もうそれなりの年齢です。
健康でピンピンしているのなら話は別ですが、何かのきっかけで身体が不自由となり、誰かの介添えなしでは生活できない状態となったら、、、
幸か不幸か、私の両親は私が20代の時に、すでに他界しているので、あくまで想像の域を出ませんが、相当の負担を強いられるのは間違いありません。

作中の87歳の母は、この後、認知症も発症し、92歳の夫に対し殺意をあらわにします。
昔年の恨みつらみだけは記憶のどこかで覚えているらしく、最後は夫婦らしい会話もなく、強い攻撃性だけが鮮明に描かれています。
その理由は、著者がためらいつつも明らかにしていますが、それはもう壮絶な過去が、老いた両親の若かりしころにあったようです。
また、介護をする側の「私」夫婦の関係にも亀裂が入ります。
嫁の立場としては精一杯の世話をしつつも、それが周囲には当然の義務のようにまかり通っているのがいたたまれず、妻は苛立ちを募らせます。

「適当にやってくれよ」
と私はいった。嫁として適当にうまくやって欲しい。狡いようだが、そう頼むほかはない。私は自分の親だから仕方なくやっている。妻と角突きあわせたくないから、夫として出来ることは精いっぱいして、それも適当にやっているつもりなのである。
「頼むよ。うまくやろう。もう少しの辛抱じゃないか」
母が死ぬまでの辛抱である。父もそう長くはないだろう。

このページを読んだ時、思わずため息が出てしまいました。
自分の肉親が往生してくれるのを、指折り待っているような記述ではありませんか。
しかしながら、これが本音であり、嘘、偽りのない現実なのでしょう。
介護は決してキレイゴトではありません。
私と同世代の女性の方々で、この記事にちょっとでも興味を持って頂けましたら、ぜひこの老親介護の記録でもある『黄落』の一読をおすすめしたいと思います。
今はまだまだお元気なご両親でも、いつかは床に臥す時が来るでしょう。
その時、子どもとして何ができるのか。
親の介護を一身に背負うことのみがベストなのか。

しかし、人の子の親なら、皆思うことは同じ。
「息子(娘)には、負担をかけたくない」
この一点に尽きることでしょう。
私たちは、身も心も自立した人生を歩んでいきたいものです。

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コメント

こんばんは

アクセス解析、
性別年代まで分かるのですね~

てっきり居住地くらいかと思ってました(汗)

一応、こちらのブログの男性ファンです(苦笑)

介護、大変な問題です

僕の年長の友人(女性)も、
父を3年の介護の末看取ったと思ったら
間髪おかず母が介護の過労で倒れ
また友人は看病の生活が始まってしまいました

ようやく母親を看取った頃には
父が倒れてから10年が過ぎていました…

色々活動的でお洒落にも気を遣う女性
だったのですが…

本当に人生は気苦労が絶えません

投稿: 松枝 | 2014年6月 1日 (日) 20:35

松枝さん、いつも書き込みをありがとうございますヽ(´▽`)/
数少ない訪問者の方(7~8人)のうちのお一人です!
このような地味なブログに来て頂きまして、ただただありがたい限りですよ。

そうですか、ご友人の方も大変なご苦労されて、どれほどお辛かったことでしょうか。
介護問題は、これからますます切実な社会問題となっていくことと思います。
先のことは全くわかりませんが、とりあえずは日々をちゃんと生きることでしょうか?

悲観せずに、前向きにがんばっていきましょうね!(o^-^o)

投稿: さんとう花 | 2014年6月 1日 (日) 23:20

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