木枯しの庭
職場の同僚らは30~50代で独身者2人をのぞけば、皆、既婚者です。
そのうちの女性に限ると、皆、子どもさんがいて、他愛ない会話の中において、いかに“息子命”であるかがほのぼのと伝わって来ます。
息子さんが野球部やサッカー部に入っていると帰りが遅くなるとかで、そのお迎えに忙しくされている方々や、塾の送り迎え、さらには息子さんの出場する試合の応援やらで、土日があってないような多忙な毎日を過ごされているようです。
それはごく一般的な中高生の子を持つ親の姿なのだと思います。
ちょっとイレギュラーなパターンで、スゴイと思ったのは、2人の子どもさんの親であるAさんのこと。(上は娘さんで、下が高3の息子さんです。)
「息子がカノジョをつれて来たのよ」
「わ、すごいじゃないですか」
「居間で2人してテレビを見るのはかまわないんだけど、カノジョの手が息子の太ももに触ってるのよ」
「なかなか今どきの女の子は積極的ですね」
「でもね、2人っきりの世界じゃないの。そこの空間には私もいたし、主人もいたのよ。ちょっと常識がないっていうか、、、」
「きっとベタベタしたい年ごろなんですよ」
「でね、私それが許せなくて、2人を別れさせたの」
「えーっ?!」
さすがに私もその結末には驚きました。
しかし、Aさんとしてみれば、最初は清らかな男女交際でも、女子の方が何か誘いをかけて来て、理性の効かない思春期の息子が一線を越えてしまったらと思ったとたん、夜も眠れず心を鬼にして「別れなさい」と言ったとな。
「ヘンな女の子に捕まって、一時の迷いで妊娠でもさせてごらんなさい。息子の将来はないもの。息子を命がけで守るのが親の使命なのよ」
このぐらいの母親としての愛情がどの女性にも備わっていれば、世の中に幼児虐待とか育児放棄なんかなくなるでしょうに。
なかなか上手くはいかないものです。
そんな中、曽野綾子の『木枯しの庭』を読みました。
この小説が文庫化されたのは昭和56年なので、ざっと数えても33年も前に、すでに息子を溺愛する母親の歪んだ愛情というものがクローズアップされていたのでしょうか?
曽野綾子は、聖心女子大学文学部英文科卒で、敬虔なカトリック教徒でもあります。
代表作に『神の汚れた手』や『二十一歳の父』などがあり、現在に至るまで女流作家として第一線を行く人物なのです。
『木枯しの庭』は、息子をとられたくないあまり、次々と縁談にイチャモンをつける母と、その母の呪縛から解放されることを願いつつも、結局は親離れできずにいる息子との関係を描いた作品です。
あらすじは次のとおり。
43歳で大学の教授として勤務する公文剣一郎は、65歳になる母親と二人暮らし。
これまで浮いた話はいくつかあったが、母の存在が災いし、結婚には至らずに終わった。
ある時、再び剣一郎に見合いの話が持ち上がった。
相手はスポーツ関係の仕事をする、業界では有名な新海協子だった。
剣一郎の母は、いつだって剣一郎の見合いに反対するわけではなく、「結構なお話じゃないの」と、言葉の上では前向きだが、実際にはどう考えているか分かったものではない。
剣一郎は様々な苦悩を抱えながらも、協子を愛し、結婚についてあれこれ考えを巡らせてはみるものの、やはり上手くいかなかった。
剣一郎が日々の生活に忙殺されていく中、協子は突然、他の男性と結婚してしまうのだった。
主人公の剣一郎は、一見、親孝行で何もかもが行き届いており、申し分ない男性です。
女性に対しても爽やかで優しく、何の問題もなさそうに見えるのです。
ところがここに、母一人子一人という家庭環境が重くのしかかって来ます。
もっと突っ込んで言ってしまうと、母親というどうしようもないモンスター(?)がネックとなっていることが分かります。
息子に依存するにもほどがあると、読み進めていくうちに嫌悪感が湧いて来るほどです。
だからと言って母一人の責任かと言えば、すでに43歳にもなった大人の男性が自分の意思と勇気を振り絞って、母親から離れることをしないというのも気になります。
また、これは剣一郎の性格に限ったことではなく、世間一般の人々が抱く感情にも共通のものがあるかと思いますが、他人の不幸を密かに喜び、それを自分の置かれた境遇に照らし合わせることで、「あの人の不幸に比べれば、まだ自分の方がマシだ」と安心する人間の厭らしさ。
この醜さとかエゴは、ほとんどサスペンスに近い心理的恐怖を味わいます。
どんなカテゴリに区分したら良いものか、迷ってしまうのですが、あえて言うならヒューマンドラマになるでしょうか。
これは男性の方々にはぜひとも一読をおすすめしたいです。
単なるマザコンでは済まされない、日本の将来を垣間見てしまうような内容となっています。
もちろん、母としての立場から息子さんを持つ女性の方々にもぜひぜひ。
読後は、行き場のない孤独感で押し潰されそうになりますよ!
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