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2014年7月27日 (日)

ガンズ・アンド・ローゼズ

最近は口当たりの良いスッキリとした音楽が主流で、疲れた心に癒しのメロディーはとても効果的に違いありません。
今、Jポップを引っ張って行くミュージシャンと言うと、AKB48やモモクロあたりになるのでしょうか?
なにぶん、流行から遅れて久しいので、実際のところはよく分かりません。

私が20歳前後の時、世間はバブル期。
私もバイトで貯めたお金は貯金など一切せずに、全て趣味に費やしていました。
今ならそんな無謀なことは考えもしませんが、金銭感覚のマヒしたあの頃は、お金なら働けばいくらでも稼げるのだからと、何も深くは考えていなかったのでしょう。
悟り世代と言われる現代の若者が、現状にささやかな満足感を持って貯蓄をするなど、堅実にやりくりするというテレビの報道を見ると、本当に立派なものだと感心してしまいます。

私が高校生の時、ガンズ・アンド・ローゼズというバンドの存在を知り、そのあまりに攻撃的なハード・ロックに度胆を抜きました。
もともと洋楽嗜好の私は’87年にリリースされた『アペタイト・フォー・ディストラクション』を繰り返し聴いては、ろくに歌詞の意味など分かりもせず、ただただカッコイイと思っていました。
ボーカルのアクセル・ローズが、いかにもロッカー的な風貌で、細身の長身。しかもイケメン。
声がまた独特で、声帯にポリープができそうなワイルドな響き。
ギタリストのスラッシュが奏でるギターソロが、これまた鮮やかで媚びなくてしかもクール。
とにかく私はハマりました。

’91年にリリースされた2枚のアルバム『ユーズ・ユア・イリュージョン』ⅠとⅡ、これも曲順を覚えてしまうほどに聴いたものです。
21歳の時、ガンズ・アンド・ローゼズが来日するというので、これは絶対にコンサートへ行かなくてはと思っていたところ、当時、仲良くしていたO.T.さんが東京ドームのチケットを取ってくれて、一緒に行くことができたのです。
ガンズ・アンド・ローゼズのファンだという友だちが、私の周囲に一人もいなかったあの時、ひょんなことから知り合ったO.T.さん。
当時、御殿場にある陸上自衛隊の基地に勤務していた記憶があります。
手も握ったことのない純粋な男女の友だちとして、あちこちコンサートに誘ってもらえたことは、本当にありがたいことでした。
その後、O.T.さんが転勤してしまったことでお付き合いはなくなりましたが、きっと今ではご結婚もされて、幸せな家庭を築かれていることと思います。
新潟のご出身とのことだったので、あるいは故郷の新潟に住まわれているかもしれません。

ガンズ・アンド・ローゼズは、O.T.さんも大好きだったようで、お気に入りの曲を選曲したものを、120分テープに録音し、「おすすめだよ」と言って私にくれたのは、今でも覚えています。
今となっては引っ越し先の住所も電話番号も分からないので、お互い好きだった洋楽の話で盛り上がることもできないのですが、きっとO.T.さんの車内には、ガンズ・アンド・ローゼズのCDが2~3枚置いてあるに違いありません。
酒と女とドラッグと、狂気と孤独をシャウトしたアクセル・ローズの声を聴くたびに、楽しかった21歳の頃を思い出すのです。

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2014年7月23日 (水)

土用の丑の日

浜松市民だからというわけではありません。
もともとうなぎが好きなのです。
伊豆に住んでいたころは、函南の姫沙羅や三島の桜家に出かけ、うなぎを堪能していたのですから。(もちろん、年に一度行くか否かの贅沢でしたが。)
今年も暑い夏がやって来たことだし、ここは一つ、うなぎでも食べて精を付けようじゃないかと、街に出向いたわけです。

メイワンのレストランフロアでぶらぶらとメニューのサンプルを見て歩いてみたところ、うな丼、うな重の前で釘付けとなってしまいました。
やっぱりうなぎはべらぼうに高い!
今やうなぎは高級食材。
そこら辺の川にニョロニョロうじゃうじゃ泳いでいる生物ではありません。

万が一、絶滅してしまうようなことが起きたら、浜名湖近辺に、うなぎの慰霊碑とともにうなぎの資料館みたいなものが建設されるに違いありません。
そこでは在りし日のニホンウナギが泳ぐ姿が映像として流れ、「食用のための濫獲により、ニホンウナギは絶滅してしまいました」というアナウンスと字幕テロップで、視聴者の心を揺さぶるのです。
きっと私なんか、それを見たら号泣し、拝んでしまいますよ。

そして名物のうなぎパイも、いつしか、あなごパイに代わり、浜名湖サービスエリアの売店にはあなごパイが山積みされ、一方、過去売られたうなぎパイは、ネットオークションで○百万円単位で取引されるほどの高価なものとなるのです。

というのは全て私の中の妄想ですが、近い将来、豪華客船で世界一周を楽しむような富裕層だけに許された“うな丼”になるかもしれません?!

結局、私は大好物のうな丼を食べることをあきらめ、五味八珍で五目チャーハンとラーメンのセットをいただきました。
うな丼をあきらめた後の五目チャーハンは、なんとなく切なく、すするラーメンにも勢いが感じられませんでした。
(決して五味八珍の味付けが悪いわけではなく、むしろ私は五味八珍が大好きです!)

全国のうな丼大好物の皆さん、今後うなぎをこれ以上減らさないために、私たちに何ができるのか、真剣に考えようではありませんか!
うな丼は私たちにとっての希望であり、国の宝なのです。

うな丼よ、永遠であれ!

※今年は7月29日が土用の丑の日です。

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2014年7月19日 (土)

伸子

ずいぶん古い本を読みました。
あとがきを読んだら、「1924年から1926年の間に書かれた」とあったので、すでに1世紀近く昔の作品です。
それなのにどういうわけか、内容に古さを感じないのです。
むしろ、ほとばしる瑞々しい女性感覚に圧倒されてしまうのです。

私の少ない友人の中の既婚者の一人は、専業主婦が夢だと言っています。
きっと、三食昼寝付きののんびりした主婦業を思い描いているのかもしれません。
『伸子』における佐々伸子は全く逆で、息苦しい家制度と、家庭生活の安定という常識への疑いと苦悩を抱き、自立した人生を歩みたいと渇望するのです。
既婚者の友人らはみんな共働きで、それが当たり前のようなスタイルになっています。
ご主人の給料だけではなかなか生活が立ち行かないというのが現実のようで、何か特定の思想や、人生の意味や意義を追求の上でのことではなさそうです。

伸子の場合、「日本の社会通念が枠づけている」結婚、家庭生活のしがらみから解放され、一人間として成長してゆきたいという激しい欲求が感じられます。
それが専業主婦からの解放を叫ぶものと決めつけてしまうのは早計ですが、ものすごく簡単に言ってしまうと、そういう枠組みからの自由を求めたものであるようです。

あらすじは次のとおり。

中流家庭に育った佐々伸子は、父とともに渡米し、様々な経験を重ねていた。
ある日、伸子はひどい寒気に襲われ、発熱した。
どうやら流行性感冒のようだった。
そんな伸子を熱心に見舞い、看病したのは、佃一郎というC大学で比較言語学を専攻し、研究している男だった。
これが縁で二人は急接近する。
しかし、アメリカの友人知人らは、伸子と佃はつり合わないと、それとなく伸子に意見した。
だが伸子は「自分が好き、だから好き。それでいいわ」と、つっぱねるのだった。
その後、伸子は自ら佃に、「結婚するならあなたとでなければいや」と、プロポーズする。
一方、日本から伸子の母が産後のひだちが悪く、危篤との手紙が届く。
伸子は、とりもなおさず帰国し、母を見舞いたいと願う。
だが伴侶である佃は、C大学を今、急に去ることは不可能な立場にあり、一緒に帰国することはできなかった。
帰国した伸子を待ち受けていたのは、思いのほか元気な母と、佃との結婚に大反対の両親だった。
伸子の周囲にある通常の恋愛とは違い、佃との恋愛は、独特の暗さと切なさを持ち、一筋縄ではいかない悲しみを伴うものとなった。

前半は、自由恋愛の末の結婚を勝ち取った、当時としては前衛的な女性のスタイルに見受けられます。
ところが作品の半ばぐらいから、佃という男も、所詮は女性の勝手気ままな振る舞いは認めない、単なる嫉妬深い陰湿な男として描かれており、読者は暗澹たる気持ちにさせられてしまいます。
結局、この『伸子』においては、何が一番正しい道なのかという結論は出ていません。
一見、新しい道を切り開いた伸子は、時代の最先端を行く女性にも見受けられますが、蓋を開けてみたら、何のことはない、失敗と後悔の連続です。

ある程度の経済力があり、知性と教養に恵まれた女性が結婚する時、やはりまだまだ両立という道は、難しそうです。
一方、ごく一般的な女性が人並みの結婚をする時、ご主人を経済的にサポートしつつ共働きというスタイルを取って生活していくぶんには、充分過ぎるほどバランスの取れた家庭を築き上げることができそうです。

『伸子』は、すでに1世紀近く昔の作品でありながら、現代を生きる女性に本当の愛情、本当の労働、本当の自立とは何かを考えさせてくれる、素晴らしいテキストだと思います。
活字に対し、少々中毒気味の方々におすすめしたい作品です。

※『伸子』宮本百合子・著

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2014年7月14日 (月)

富士浅間神社

毎年7月のお盆には、伊豆韮山にある両親の菩提寺にお墓参りに出かけます。
7月12日(土)は、おかげさまで天候にも恵まれ、久しぶりの遠出に張り切ってしまいました。
台風の影響でお墓の周囲は枯れ木やら紙くずでだいぶ散らかっていましたが、ホウキで掃き清め、お水を取り替え、お花をお供えし、お線香をあげると、なんだか清々しい気持ちになりました。

日焼け止めクリームを塗り忘れたせいで、両腕が真っ赤になってしまいました。
鼻の頭に汗の玉を滲ませ、ハンドタオルで首筋を拭き拭き、お墓を後にしました。

その足で伊豆箱根鉄道線(駿豆線)に乗り、三島まで出ると、東海道本線で沼津駅下車、御殿場線に乗り換えました。
終点の御殿場に着くと、まず驚いたのが気温の違い!
伊豆のあの暑さがウソのように汗が引いてしまったのです。
おそらく、伊豆より2~3度ぐらい低かったのではと思います。
駅から出ている山中湖行のバスに乗り、だいたい20分ぐらいかかったでしょうか。
須走浅間神社前にて下車。
富士浅間神社に行って参りました。

所在地は、駿東郡小山町須走というところで、自衛隊富士学校が近辺にあるため、てくてく歩いていると何台もの自衛隊車両が通り過ぎて行くのを目撃しました。
昨年、富士山が世界文化遺産として登録され、さぞや活気のある街並かと思いきや、意外にも落ち着いたムードに包まれていて、いくぶん拍子抜け。(時間帯も夕方だったので、観光客もほとんど見られませんでした。)

神社の境内もシンとしており、なんだか自分の歩く足音がカツカツと聴こえて来るほどでした。
この静謐な空間は、なかなか日常的に味わえるものではなく、改めて心が洗われるのです。
今でこそパワースポットという呼称で、若い女子たちから注目を集めることとなった神社仏閣は、本来、恋の成就とか縁結びのためだけの祈願場所ではないので、もっと別の何か、例えば思索に耽るだとか、文化財を見て回るとか、とにかく興味の幅を広げると良いのではと思いました。

注目したいのは、手水舎。
その水が冷たいのなんのって!
真夏なのにヒンヤリとしていて、格別に気持ちが良いのです。
これは富士山の雪解け水なのでしょうか?
竜の開いた口からコトコトと水が流れ落ちているので、柄杓ですくって手を洗い、口を漱いで社殿に向かいます。
また、神社入口の信しげの滝もマイナスイオンをたっぷり浴びることができて、気分スッキリです。
そう言えば、社殿に向かって右手に恵比須様を安置する社があったので、商売繁盛の御祈願もバッチリかもしれません。

春ならきっと満開の桜に彩られた参道を歩くのも楽しそうだし、秋は秋で紅葉を愛でるのも一興。
季節ごとの表情を、思う存分、堪能してみたい、そんな神社なのです。
ありがたいのは、一人で行っても全く問題ないことでしょうか。(正直、神社によっては団体の観光客やカップルなどで、ごった返しているところもありますが、ここはちょっとそういう感じではなさそうです。)
興味のある方は、ぜひブラブラと境内を散策してみて下さい。

私のように、列車やバスを利用して行かれる方は、御殿場線もバスも本数が少ないので、あらかじめリサーチしてからお出かけ下さいね!

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2014年7月10日 (木)

砂糖菓子が壊れるとき

コイバナはいくつになっても盛り上がる話題の筆頭です。
さすがに既婚者の友人には、そんな浮ついた話を持ち出して来る人はいませんが、いまだ独身の友人K美さんには気になる相手がいるようです。
これまでこのブログに何度か登場しているおもしろキャラのK美さんは、昨年の夏に大阪へ引っ越してしまったため、以前のように頻繁に会っておしゃべりしたり旅行に出かけたりすることもなくなってしまいました。
どうやら職場の同僚の某さんに心惹かれているようで、K美さんにとってときめきの止まらない(?)職場環境に違いないのです。
しかも某さんは、K美さんよりも9歳も年下とな?!
けっこうなことです、はい。
友人の私めは、ただただK美さんの恋が成就することを祈るのみなのです。

それにしても恋愛というものは、一つの才能ではないでしょうか?
たとえば恋愛の才能のある人は、全身全霊で相手にぶつかってゆき、成就するも撃沈するも、そのプロセスを大いにドラマチックに盛り上げることができるのです。
恋に燃えている時は、仕事や勉強のことが手につかず、相手の欠点も冷静には判断できません。
でも、それさえも才能なのです。
形振り構わず、相手を振り向かせようと、あの手この手で攻めまくるというもの(?)です。

テレビドラマや小説の世界ではそういう恋愛スタイルがスタンダードで、“恋に臆病なあなたへのエール”的な内容となっています。
それはそれで充分楽しませてもらっているので問題はないのですが、実際、私のように恋愛の才能がない人種にとっては、どこか異次元の話に思えて仕方がありません。
というのも、私の経験から言ったら、女性ばかりの職場での出会いは論外だし、たまたま落し物を拾ってもらい、話しかけられるとか、エレベーターで肩がぶつかって、思わず見つめ合うなどのハプニングは、まずありません。
せいぜい、世話好きな親戚のオバちゃんから、ちょっと残念なルックスの、まじめだけが取り柄のような男性の見合い写真を見せられるということぐらいです。
元カノの登場で三角関係に悩むとか、思いがけず男友だちとしてしか見ていなかった人物から告白されるなどの、恋愛にありがちなトラブルも、43年間生きて来て、ただの一度もありませんでした、、、

結局、何が言いたいのかというと、恋愛は宗教みたいなものではないか、ということです。
信仰心の篤い人は、信じている神なり仏なりに絶対的な主義を貫くであろうし、いかなる迫害を受けようとも、それに打ち克とうとする精神性は、崇高でさえあります。
万が一、神や仏に疑問が生じるようなことが起こったとしても、それは信仰心の足りない自分のせいであるとして、一切の責任を自分のものとします。

そういう姿勢を恋愛に置き換えた時、あらゆる世間の情報を遮断し、思考をストップさせた状況など、ちょっと危ういところが酷似しているように思えるのです。

前置きが長くなりましたが、曽野綾子の『砂糖菓子の壊れるとき』を読みました。
最近、曽野綾子の初期の作品にハマっています。
曽野綾子と言えば保守派の論客として聞こえ、私には敷居の高い作品ばかりで、これまであまり親しむきっかけがありませんでした。
ところがたまたま、ある中古本の巻末にあった案内文(紹介文)を読んだら、「謎の死を遂げた女優マリリン・モンローから材を取った作品」とあり、がぜん興味が湧いて、『砂糖菓子が壊れるとき』を購入しました。

いや、これはスゴイですよ、はい。
これを読んで、ますます恋愛を謳歌する人もいるでしょうが、私はむしろ、持論でもある「恋愛は幻想に過ぎない」と思うに至りました。
ストーリーはこうです。

売れない大部屋女優の千坂京子は、映画監督の栗原と交際していたが、栗原は京子と距離を置くようになった。
愛に飢えている京子は、深夜にもかかわらず電話をかけてしまう。
しかし、栗原本人とは連絡がつかず、打ちひしがれる。
京子は、精神病院に入院中の母親のために入院費を稼がなくてはならなかった。
わずか1万5千円を稼ぐために、京子はヌードモデルのアルバイトをやった。
郵便局から現金書留で送金した後、京子は帰って一人部屋の隅で泣いた。
すると、芸能プロダクションである工藤プロの社長から手紙が届く。
京子に好感を持つ工藤の采配により、京子は著名な石黒監督の作品に出演することが決まった。
工藤は持病を抱えており、しかも京子とはかなり年も離れていたが、結婚しようと言う。
京子の胸にはまだ栗原という存在がちらついたので、即答はできなかった。
また、工藤に対しては尊敬してはいるものの本当に愛しているかどうかは分からないと、素直に答えた。
結局、京子は工藤との入籍を拒んだ。
だが工藤は、自分が亡き後、自分の財産を全て京子に与えてやりたいと思っていた。
京子は、「お金を私に与えるために結婚するなんていやだ!」とつっぱねる。
その後、工藤は最後の発作を起こし、亡くなる。

京子はこの後、知的なものへのあこがれから大学の聴講生となり、そこで知り合った教授と深い関係になります。
さらには、新聞記者の奥村や、野球選手の土岐とは結婚するまでに至ります。
その後、土岐とは離婚し、今度は脚本家の五来と再婚するのです。

京子は常に、自分に自信を持てないでいます。
男たちが、京子の恵まれた肉体としなやかな美しさに惹かれて近寄って来ることは知っていたのですが、いつも漠然とした不安を抱え、不眠症に悩んでいます。
恋愛というものが、この京子のように、孤独と不安を埋め合わせるものだとしたら、なんと切なく、儚いものなのでしょうか。

睡眠薬の常用者であったマリリン・モンローの死は、世界中の男性が哀しみに暮れる中、「女たちは彼女の死を黙殺した」とのこと。
マリリンは世界中の女性たちから嫌われても、たった一人の男性から愛されているのならば幸せだと思ったかもしれません。
しかしながら結果として、男たちは彼女から離れていきました。
その理由は、この作品を読むとしだいに明らかになります。

恋愛の本質って、一体何だろう?と疑問が生じたら、この『砂糖菓子が壊れるとき』を読めば、何となくその輪郭みたいなものが掴めるかもしれません。
興味のある方は、ブックオフなどの中古本取扱店にてご購入下さい。おすすめです。

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2014年7月 6日 (日)

わらび餅

猫の額ほどの我が家の庭に、ミニトマトとナスの苗を1本ずつ植えたのは、GWの話。
ミニトマトの方は、おかげさまで毎日2個ずつぐらいの収穫に恵まれ、ちゃんと元を取った気がします。
問題はナスの方。
土との相性もあるのでしょうか。
ちっとも花が咲かないのです。
グングン伸びたミニトマトのすぐ隣で、ポツネンとふて腐れているようにも見えます。
こないだやっと花を咲かせたと思って、毎日ジロジロ見ていたら、ビー玉ぐらいの実をつけました。
もう少し大きくなってくれないと困るので、
「ねーたのむよー。もっとじゃんじゃん実をつけてよー」
と、言ってみたところでナスの方は我関せずとばかりに一向に花の咲く気配はなく、ビー玉ほどの実も成長を止め、あきらめモードなのです。

そうして庭先の草をちょこっと取ってみたり、水をまいたりしていると、遠くの方から、
「わらび~もち、わらび~もち」というわらび餅売りの放送が流れて来ました。
ああ、今年もそんな季節になったんだなぁと感慨に耽りながら、「わらび~もち、わらび~もち」の声が小さくなっていくのをいつまでも聴いていました。
けれど、それは耳の奥にずっと残っていて、食指を動かされ、むしょうに食べたくなってしまったのです。

そんな先日の記憶がよみがえったというわけでもないのですが、天竜の方に行く用事があったため、帰りにむらせやに寄って来ました。
むらせやは、浜松市天竜区二俣町にある、老舗の和菓子屋です。
とはいえ、洋菓子も扱っていて、手作りプリンやシュークリームは人気のようです。

私が購入したのは、もちろんわらび餅です。
黒蜜ときな粉をかけて食べるのですが、もう頬っぺたが落っこちてしまうほどに美味しいのです。
わらび餅そのものに弾力があって、その上清涼感もあり、「日本人に生まれて良かったー」という気持ちになります。
わらび餅1個¥360 和菓子屋で売ってる手作りわらび餅は格別です!

余談ですが、最近の和菓子屋の傾向としては、洋菓子も扱うお店がかなり増えて来ました。
昔ながらの老舗の看板を守り抜くための、苦肉の策ということなのでしょうか?
しかしながら、何十年も前から親しんだお饅頭や栗蒸し羊羹、上生菓子などを変わらぬ品質で次の世代に伝えていくためにも、ぜひとも洋菓子に重点を置き過ぎないで欲しいのです。
格調高く、洗練された和菓子文化を、いつまでも残していってもらいたいものです。

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2014年7月 2日 (水)

日本ノ霊異ナ話

40歳を過ぎたころから、いろんな局面で「ああ、もっと勉強しておけば良かったなー」と思うことが多々あります。
今からでも遅くはないと、意気込みだけはあるのですが、さて何から勉強して良いものやら分かりません。
とても漠然としていて、具体性がないのです。
とはいえ、学生時代から読書は好きだったので、それだけはこの年齢になっても続けるようにしています。
特に気に入った本などは、手帳に感想などを書き留めたりして、なるべく読後の素直な気持ちを大切にするようにはしています。

最近つくづく思うのは、日本の古典文学をもっと身近なものとして味わいたいということです。
とにかく、古文なんて学生時代に授業でちょこっとやったぐらいでは、とうてい読解できるものではありません。
旧仮名遣いも、現代語に慣れてしまっているため、読みづらくてかないません。
有難いことに、そういう人向けのマンガも多数出版されていて、それぞれに味わいがあって読み易いと思います。
ただ欲を言ってしまえば、マンガだとイマジネーションの膨らみに欠けるような気がして、できれば平易な現代語の古典に出合いたいなどと思ってしまうわけです。

そんな中、伊藤比呂美の『日本ノ霊異ナ話』に出合いました。
これは、日本最古の仏教説話である『日本霊異記』をモチーフにしたものですが、これがとんでもなくリズミカルでモダンで、そして何よりエロティックな作品に仕上げられているのです。
伊藤比呂美は、青山学院大学文学部卒の詩人です。
けれどエッセイや小説なども手掛ける作家でもあります。
代表作として『ラニーニャ』や『とげ抜き新巣鴨地蔵縁起』などがあります。
普通なら、よっぽどの好奇心や向学心がなければ、仏教説話には手を出したりしませんが、『日本ノ霊異ナ話』は、いや、これがまたスゴイのです!

人は死ぬ。死などそこいら中にいくらでもころがっている。いつでもぶちあたる。だからべつにたいしておどろくことはないのだ。

うん、このあたりは分かり易い仏教説話になっています。

あたしは涙を流したまま、蛇を思いました。くぼに蛇を入れることを思いました。ずぶりという激しさ。(中略)あたしはかすかに股をひらいてみました。そこへずぶりと来たのです。思いうかべただけで、あたしは歓喜にがくがくとふるえました。

な、なんという官能的な蛇との情事?!
これが仏教説話なのか?!
ちょっと驚いてしまう描写があちこちに露出しますが、それでいてやっぱり最後は教訓的に結ばれているのです。しかもカッコ良く。

古典というおそろしく堅苦しい文学に、現代の新しい風を吹き込むと、こんなふうに生まれ変わるのかと思う逸作です。
グロテスクな表現もあるため、そういうのが苦手な方には伊藤比呂美の世界観は遠いものに感じるかもしれません。
けれど、男であろうが女であろうが、生あるものはやがて老いて朽ち果てていくことをあからさまに表現されているのは、今の私には有り難く思いました。
キレイゴトを並べた、生き方の指南書的なものに食傷気味の方々に、おすすめの一冊なのです。

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