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2014年8月31日 (日)

白糸の滝

お盆休みはどこへ行っても混雑しているので、尻込みしてどこにも出かけませんでした。
それでも夏の思い出にどこかへ出かけたいと思い立ち、8月のラストの土曜日になって、重い腰を上げる気になったのです。

富士山の世界遺産効果によって、白糸の滝もにわかに脚光を浴びるようになったのは、テレビの放送でも知っていました。
それにしても富士宮駅から11㎞ほど北上したへんぴなところにあるにもかかわらず、多くの観光客で賑わっていました。

私は富士宮駅から富士急行バスを利用して白糸の滝まで出かけたのですが、あまりの本数の少なさに驚きました!
運転に自信のある人なら、レンタカーでも借りて、周辺をあちこちドライブする方がのんびりゆっくりと楽しめるかもしれません。
白糸の滝からさらに北上すれば、まかいの牧場もあるし、田貫湖もあるし、朝霧高原にも足を延ばすことができます。

白糸の滝というのは、芝川の上流にあり、岩壁のあちこちに大きいのから小さいのまで様々なサイズで、滝がすだれをかけたように流れ落ちています。
ガイドブックによれば、「富士山の雪どけ水がここで噴き出している」とのこと。
夏の暑さも、この辺りはどこ吹く風で、空気も冷んやりしています。
整備された石段を降りて滝壺に近づくと、勢いよく流れ落ちる滝の水しぶきで、心なしか肌がしっとり潤うような感じがします。(こういうのをマイナスイオンと言うのでしょうか?)

白糸の滝から場所を移動し、5分ぐらい歩いたところに、今度は音止ノ滝という物凄いダイナミックで太い滝が、轟々と流れ落ちるのを見ることができます。
これは正に圧巻。
生涯に一度は見ておきたいような自然の賜物です。

食堂やお土産物屋さんの並ぶ一角があるのですが、なにしろ私は本数の少ないバスに遅れるわけにはいかないので、ほとんどスルーしてしまいました。残念。
帰りのバスで笑ってしまったのは、往きのバスで駅からずっと一緒に乗り合わせた面々が、皆、指定席のように同じ座席に座って帰ったことです。
ただし、そのうちのほとんどが駅までは乗らず、浅間大社前で下車してしまいました。

観光客は皆、貪欲なので、「せっかく来たんだから」と、観光できるものは何でも堪能していくわけです。
私は浅間大社には寄らず、そのまま終点富士宮駅まで乗って帰りました。

空腹には勝てず、駅からすぐ傍にあるイオンのフードコートでお腹を満たし、小用を済ませました。
あ、つまらないことで恐縮ですが、小用を済ませて手を洗った時のこと。
あまりの水の冷たさに、「ひゃ~っ」と声をあげそうになりました。
富士山の雪どけ水のような清水で手を洗うことができるなんて、富士宮市民の皆さんを本当に羨ましく感じましたよ!
それはもう冷たくて気持ちの良い水でした。
ちなみにお昼の食事をした際に出されたお水の美味しいこと!
さすがは富士山西麓の自然豊かな街のことだけはあります。

都市部にお住まいの皆さん、ぜひ富士宮の白糸の滝でマイナスイオンをたっぷりと浴び、お食事には富士宮地域で空腹を満たして下さい。
出された一杯のお水の美味しさに、感動すること間違いなしですよ!!

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2014年8月28日 (木)

梨やさん情報

8月24日(日)に、知り合いの勧めで梨の直売所に出かけて来ました。
お恥ずかしい話ですが、浜松に引っ越してすでに10年以上も経つというのに、この浜松市内で、まさか梨の採れるところがあるとは知らなかったのです。

市内浜北区に、渡辺農園という知る人ぞ知る梨やさんがあるのです。
直売所のすぐ傍に梨畑が広がっていたので、きっとそこで収穫した梨を販売しているのだと思います。

私が出かけた24日は、すでに幸水の収穫も終わりとのことで、豊水が主に売られていました。
知り合いが、幸水と豊水の違いは何なのかと質問してみたところ、気さくなオバちゃんがニコニコと笑いながら、

「幸(サチ)はね、甘味が強いの。豊(ユタカ)の方は甘さの中に少し酸味があるよ」

と答えてくれました。
私はオバちゃんの「サチ」とか「ユタカ」と言う業界用語(?)に、ちょっと惹かれてしまい、自分もマネして「じゃあ、サチの方を下さい」などと言ってみました。

私が購入したのは袋入りの、贈答品用ではないもので、幸水を買いました。
毎年この時期には必ず利用しているという知り合いは、もう慣れたもので、袋入りの梨がお昼過ぎには完売してしまうことがあらかじめ予測できたため、午前中のうちに誘ってくれたので、本当に助かりました。

帰宅後、2時間冷蔵庫に冷して、さっそく頂きました。

なんという瑞々しさなんでしょう!
一口噛んだ瞬間、口の中で梨のジューズが広がる感じなのです。しかも甘い!
ヘタなメロンより糖度が高いのではと思いました。
「ほっぺたが落っこちそう」というベタな表現で恐縮ですが、とにかくそんな感覚でしたよ、はい。

梨の入った袋の中に、小さなチラシが入っていました。
『梨やさん情報』というものですが、それによると渡辺農園のウェブサイトではオンラインショップも開店中とのこと。
地方発送もOKとあったので、お世話になった人にでも、お中元のシーズンなど送って差し上げたいものです。
9月1日~7日までは梨狩りもできるようです。
9月10日頃からは、豊水に代わり、あきづきという品種が食べごろになるらしいので、それもまた楽しみです。

スーパーで買う梨もそれなりに美味しいのですが、直売所で買う梨はさらに美味しく感じます。
皆さんのお宅の近くには、何らかの直売所があるでしょうか?
もしもありましたら、たまには直売所で市場に出回らない完熟品を購入するのも、なかなかオツなものですよ!
季節の味をお楽しみ下さいね!(◎´∀`)ノ

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2014年8月24日 (日)

都田のとうふ勘四郎

知り合いに誘われて、都田までランチに出かけて来ました。
こちらのブログに画像を載せることができず、とても残念なのですが、いやもう、びっくりしました。
こちらの店主が古き良き映画好きなのか、店の外には「幸福の黄色いハンカチ」が夏の湿り気を帯びた風にパタパタとはためいているではありませんか!
(思わず、高倉健の帰りを待つ倍賞千恵子を連想してしまいました。)
さらには、お店と言っても外見はごく普通の民家に見えるのです。
かろうじて、『勘四郎』の看板が出ているおかげで、ここが店舗であることが分かるようなあんばい。

「ここは以前、空き家だったの。きっとここの店主が買い取ってリフォームしたんだろうねぇ」

と、この辺のことに詳しい知り合いが言いました。

「豆腐屋の須部商店って、知ってる?」
「ああ、名前だけ知ってます」
「その須部商店で作ってる豆腐を調理しているお店なのよ」

なるほどと思いながら、お店に入りました。

店内は決して広いわけではありません。
なにしろ一般的な民家をリフォームした店舗なので、それなりです。
ハシゴ段のような急な階段を上り、二階へ通されると、のどかな田園風景の広がる窓側の席に着きました。
メニューは至ってシンプルで、たくさんはありませんが、迷う面倒もないので反って嬉しい。
私が注文したのは、『できたて寄せ豆腐御膳』¥1250です。
このお豆腐のクリーミーなことと言ったらありません。
なんとも言えないまろやかな味なのです。
口の中で溶けていく感覚でしょうか。
薬味として、きざみ海苔、青ネギ、生姜が付いているので、それらをお豆腐に載せてつるつると頂きました。
季節のデザートは、ブルーベリーソースのかかった白玉団子(3個)で、これも上品な逸品でした。
しかし欲張りな私は、単品で『まるごと大豆のソフトクリーム』¥220(小)も注文してしまいました。
これがまた“ザ・豆乳”とでも言いたくなるようなソフトクリームで、甘さ控えめ、ほんのりお豆腐の風味を楽しませてもらいました。
ちなみに食後に頂いたのは、おから茶で、初めて味わったのですが、クセがなく芳ばしいお茶でした。

お店の一階には、ちょっとした販売スペースがあって、おからかりんとうや、おからドーナツ、おからコロッケなどが並んでいるので、お土産に良さそうです。

食べ盛りの子がガッツリ食べたい、という場合には不向きですが、ヘルシー嗜好の女性やお年寄りには最適なお食事処だと思いました。

9月の敬老の日には、おじいちゃんおばあちゃんのおられる方など、一緒にお出かけしてみたらいかがでしょうか?
きっと喜ばれるのではと思いますよ!(◎´∀`)ノ

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2014年8月23日 (土)

二俣祭り

十代、二十代のころは、お祭りなんかさほど興味はありませんでした。
騒々しさだけが目に立ち、賑やかな雰囲気を楽しむまでの余裕がありませんでした。
人との付き合いも苦手だったので、お祭りなんかで偶然知り合いとバッタリ遭遇した日には、何かと近況など情報交換するのも気が引けて、そういうのもお祭りから遠ざかっていた原因かもしれません。

ところが不思議なものです。
三十代半ばを過ぎてから、自分の嗜好が少しずつ変わって来たのです。
もちろん、いまだに人ごみなんか大嫌いで、ディズニーランドも、行列のできるような飲食店などは、どれほど評判が良くても並ぶ気にはなりません。

私が伊豆から遠州地区に引っ越して来て、すでに十年以上経ちましたが、親戚が天竜区に住んでいることもあり、毎年この二俣祭りの日だけおじゃまさせてもらっているのです。
私が小さいころ、よく連れて来られたのもこの二俣祭りの開催する日でした。
でもあのころは、お祭りに関してどうという感想も持たず、親戚のお宅で出されたご馳走をパクパク食べることのみが楽しみでした。

伊豆に住んでいるころは、付き合いで三島のお祭りに出かけ、三島大社の夜店で金魚すくいをしたり、じゃがバタを食べたりしたものですが、とにかく人ごみに酔ってしまい、早々に帰宅するのが関の山でした。
ところが最近では、このお祭りのムードを楽しむことができるようになったのです。

観光協会のウェブサイトを閲覧したところ、二俣祭りは江戸時代から続く伝統のあるお祭りとのこと。
二俣諏訪神社の祭礼で、格調高く、雅な雰囲気に包まれています。
私が特に気に入っているのは、あのお囃子です。
格式高い三島のお祭りも見事なお囃子ですが、私、個人的には二俣祭りの方に軍配をあげたいです。

14台の華麗な屋台が二俣の街を練り歩くのですが、これがまたお見事!
優雅で品があって、誇り高き二俣町民の魂を見たような気になります。

若い時にはうっとおしいだけの賑やかさが、年齢を経て、平和で明るい環境にいられることへの感謝の気持ちまで抱くようになったのです。
このブログを閲覧して下さる訪問者の方々は、だいたい日に7~8人ほどいらっしゃるのですが、中には若い二十代の方もおられるかもしれません。
もし、その世代の方で、人間関係の問題で悩んでいたり、騒々しい集まりや人ごみに交わることに抵抗を持っていらっしゃるようでしたら、どうぞご安心下さい。
加齢とともに、場数を踏むことで、だいぶそういう環境にも慣れて来るものです。
楽しもうという意思ではなく、楽しめる環境がありがたいのだと、つくづく思う今日このごろなのです。

追記:今年の二俣祭りは、8月23、24日です。

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2014年8月20日 (水)

今どきの結婚

バブル期の結婚式はスゴイものでした。
披露宴なんか、ちょっとした芸能人のコンサートみたいにド派手な演出で、来賓の度胆を抜いたものです。
当時、友人から訊いた話によると、

「新郎新婦の入場が、ゴンドラから降りて来たのには驚いちゃったよ!」

とのことで、そういう一風変わったパフォーマンスは、身近なところでチラホラ噂されました。
そんな時代があったことが、今では懐かしくさえ感じられます。

8月7日付ブログの記事で話題にしたおしゃべり友だちのSさんと、その娘さんA子さんですが、その後、結婚には二の足を踏んでいるようです。
先月、A子さんのカレシのご両親が、はるばる東京からあいさつに来たことで、本来ならトントン拍子に話が進む予定でした。
しかも、A子さんは彼とその両親との同居を希望しており、先方では嫁として何の不足もない好条件なので、すぐにも入籍をと考えていたようなのですが、、、

「挙式は東京ですか?」
「ううん、娘は大がかりなものを望んでいないの。カレシとそれなりの衣装を借りて、写真を撮るだけにしたいって言うの」
「堅実ですね!」
「今どきはみんなそうよ。豪華な挙式をする費用があったら、その分を新婚旅行に回したいらしいのよ」

私は素直に、その考え方に賛同し、今どきの若い女性の堅実さに感動しました。

「でもね、あちらにとっては跡取りの長男だから、それなりのことはやりたいみたい。ちゃんと式場をおさえて、両家の親戚やら友だちなんかを招待して、若い二人をお披露目したいっていうわけ」
「カレシの意見はどうですか?」
「そこが問題なの。最初はA子と同じ考えで、披露宴なんか必要ない、写真だけ記念に撮っておけば充分だって言ってたのが、例の母親にさんざん泣きつかれたのか何なのか、やっぱり式を挙げて披露宴をやりたいって言い出したらしいの」

私は、思いのほかウキウキと喋るSさんを不思議に思いつつ、「なかなか思うようには運びませんねぇ」と、答えました。
するとSさんは、フフフと不敵な(?)笑みを浮かべ、

「いよいよ縁切りの秘法の効果が出て来たと思わない?」
「えっ? ああ、まだその秘法を続けてたんですか?」
「当たり前じゃない! 娘が不幸になると分かってる結婚を、指をくわえて見ているわけにはいかないし」

Sさんの執念はスゴイと思いました。
正直なところ、それが縁切りの秘法の効果かどうかは疑わしいものですが、ここへ来てA子さんが二の足を踏んでいるというのは、やはり結婚というものについて、何か思うことがあったのかもしれません。

結婚に対する考え方、そのあり方など、時代によって少しずつ変わっていくものなので、最終的には当事者の責任における自由選択で良いのでは、、、とも思うのですが、こればっかりは相手のあることなので、お互いの歩み寄りが必要なのかもしれません。

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2014年8月16日 (土)

ニート

ニートというのは、Not in Education, Employment or Training という定義なので、それには少し当てはまらないかもしれませんが、私の知り合いの息子さんがニートもどき(?)の状態で、今年3年目となります。
異変はすでに中学3年生の時からあったようです。
風邪でもないのに学校を休みがちになり、やがて不登校となりました。
お母さんは、「まさかいじめでは?!」と学校に相談してみたところ、全くそんな様子は見られないと。
息子さん本人もいじめを否定し、単に「めんどうくさい」というのが本音だったようで、がく然としてしまったのです。
それでもどうにか公立高校の受験に合格し、これで心機一転、新しい環境で息子も頑張ってくれるだろうと期待していたところ、高校1年生の夏休みを過ぎてから一度も登校することはなく、退学となってしまいました。
以後、息子さんはひきこもり状態です。

最近訊いた嬉しい情報によると、息子さんは独学で英検2級を取得したと!
それがすぐに就職につながるものではないことなど、お母さんは百も承知の上ですが、本人の少しばかりの自信にはなるだろうと、喜んでおられました。
さらに嬉しいことに、1年ほど前からスーパーで早朝の2時間だけ品出しのアルバイトに出ていると。
本来なら8時間労働というのが基本だけれど、いきなりはムリなので、少しずつ社会との接点を持たせてあげたいとのこと。

今年18歳となった息子さんは、自分から「車の免許が欲しい」と言ったそうです。
自動車学校の料金は、とうていバイト代では足りないため、おじいちゃんにお願いして出してもらったようです。
一歩一歩着実に前進している孫を見て、おじいちゃんも目を細めて喜んでおられるとか。
一時はどうなることかと心配でたまらなかったお母さんも、だいぶ落ち着きを取り戻し、今年は家庭菜園で収穫したナスを、袋いっぱい我が家におすそ分けしてくれました!
そのナスは、焼きナスにしたり、浅漬けにしてみたり、お味噌汁に入れてみたりと、大重宝しており、我が家の夏を彩ってくれます。

我が子といえども異なる人格を持った相手ですから、そうそう親の思うようにはなりません。
人とは少し違った16~18歳(本来なら高校生)の3年間ですが、家族一丸となって息子さんを支える姿に、感動すら覚えます。
愛情が人を育ててゆくのだと、改めて実感した一件なのです。

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2014年8月13日 (水)

天上の青

リアルタイムでは知らないのですが、連続婦女暴行殺人事件の犯人として、その名も有名な大久保清。
私などの世代は、外出の際に親から、「大久保清みたいな男がいるから気をつけなさいよ!」などと注意を受けたものです。
とにかく、それほどまでに殺人鬼として恐れられた人物なのです。

この事件が明るみになったのは、1971年に群馬県警によって大久保が逮捕されたことによります。
すでに43年も昔のことで、しかも加害者である大久保は死刑を執行されており、以来これほどまで世の女性を震え上がらせた事件は、余りありません。
とはいえ、昨今の凶悪事件の報道からも分かるように、冷酷で凄惨な事件は減少傾向にはなさそうです。

曽野綾子の『天上の青』は、そんな大久保清の事件から材を取った作品です。
実際の大久保は画家を装い、「絵のモデルになってくれませんか?」と女性に声をかけていたようですが、小説の方では、自分は詩人で本も出しているとウソをついて女性に近づいていくシーンがあります。
私も女なので、そんなウソくさい言葉でもコロリと騙される女性心理は、分かるような気もします。
女性というのは、相手がアーティストだったり、クリエイターだったりすると、がぜん興味が湧くのだから不思議です。

さて『天上の青』ですが、これは主人公である波多雪子が育てている朝顔の品種で、ヘヴンリー・ブルーという名前を和訳した意です。

あらすじです。
ある朝、雪子は庭の朝顔の手入れをしていたところ、見知らぬ男が近付いて来た。
男は雪子の育てている朝顔が気に入ったようで、種を分けて欲しいと言う。
雪子が快諾すると、男は種が取れたころにまた来ると言って去って行った。
雪子は今年38歳のシングルで、2歳年下の妹と二人暮らしをしていた。
出版社に勤務している妹はパリパリのキャリアウーマンで、明るく社交的な性格をしているのに対し、雪子は地味で大人しく、人との付き合いが苦手であった。
だが和裁の腕があるためそれを活かし、生活を支えていた。
ある時、いつか朝顔の種を分けて欲しいと言った男がひょっこり現れた。
男は宇野富士男と言い、離婚歴はあるが現在独身だとのこと。
雪子はせっかく来てくれた宇野という来客を家に上げ、少しの間おしゃべりをし、頼まれていた朝顔の種を渡した。
宇野はこれを機会に雪子と親しくなりたいと、雪子の電話番号を聴いた。
雪子はすんなりメモ用紙に書いて手渡してやった。
その後、雪子とは何度か会っておしゃべりをしたり、つかの間のひとときを楽しんだが、雪子と宇野は男女の間柄になることはなかった。
そんな中、宇野は雪子の知らないところで、めぼしい女を物色し、言葉巧みに車に乗せ、性行為に及び、何かの拍子に激昂すると、殺害して遺棄するという行為を繰り返すのだった。

小説の後半で、結局、宇野は逮捕されるのですが、謝罪や反省の言葉を口にすることはありません。
ところがそんな宇野のために、雪子は自腹を切って弁護士を頼みます。
もちろん、雪子の周囲は大反対で、世間からの非難を浴びます。
作中の宇野は、母親から無責任な愛情を注がれ、無職でブラブラしているにもかかわらず、5万円もの小遣いを渡され生活しています。
そんな自分勝手でいい加減な態度に、富士男の義兄は嫌悪し、度々衝突するのですが、どうすることもできません。

著者はそういう生活環境を露わにすることで、犯人をフォローしようとした形跡はどこにもありません。
むしろ、淡々と冷酷さやら残忍さを描いているぐらいです。
巻末の解説にもあるように、「生い立ちから詳細に説き起こして、そういう犯罪にはしらざるを得なかった必然性のようなものを探り出す」というパターンではないのです。

では、一体どんな意図があってこの事件にスポットをあてたのでしょうか?
これは、私個人的な感想ですが、主人公の雪子がクリスチャンであることがキーワードとなっている気がしてなりません。
社会を揺るがすほどの凶悪事件を起こしていながらも、雪子にとっては優しい男だった富士男に対し、憐憫の情があるのです。
「死刑を執行する制度も人も共にない方がいい」と思っているのです。
ただ、現実には宇野富士男は死刑判決を受け、執行されてしまいます。
それだけの罪を犯しているのですから、当然の報いだとも言えます。

“人が人を裁いてはいけない。神のみが裁いて良い”というスタンスにあるキリスト教者にとって、現実的な法の裁きは相当な負担を強いられるものだと思います。
理不尽で納得のいかない、不正で不当なものがゴロゴロと横たわる現実社会では、誰もが片目を瞑って耐え続けていかなくてはなりません。
『天上の青』は、多くの課題を突き付けた小説となっており、単なるサスペンスものというカテゴリには収まり切れない、社会派長編小説なのです。

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2014年8月 7日 (木)

当たるも八卦、当たらぬも八卦

ひょんなことから知り合って、1年ほど前からお喋り友だちとなったSさん。
私より10歳以上年上の、五十代女性です。
二人のお嬢さんを持つ、気さくなお母さんでもあります。
目下の悩みは、今年32歳になるお嬢さん、A子さんのこと。
A子さんは東京の大学を卒業した後、地元へは帰らず、そのまま都内の某IT企業へ就職。
Sさんとしては、A子さんが長女ということもあるので、何とか地元に戻って欲しかったのですが、東京の水が合ったようで、「帰る気はない」と突っぱねられたと。
仕方なく、A子さんの気持ちを尊重したところ、どうやら仕事に生きがいを見つけてしまったのか、浮いた話の一つもない状況が続いたそうです。

「それがね、半年ぐらい前になって、会わせたい人がいるって言うもんだからびっくり! 我が家にカレシを連れて来たのよ」
「どんな人でした?」
「なかなか優しくて、好感の持てる子よ」
「良かったですねー。おめでとうございます!」
「おめでとうも何も、ここからが本題なんだから、、、」

Sさんは絶望的な表情で、娘が先方の親御さんと同居を希望しているのだと言いました。
そして、それがどうやらカレシとその親の願いでもあり、別々には暮らしたくないと。
親としては、ものすごく心配だけれど、彼が娘のことを一番に考えて、いざという時、娘を支えてくれるのなら同居も構わないだろうと言うところまでご主人と相談したそうです。
そしてとうとう、先月、大安吉日に、先方の親御さんが東京からはるばる浜松まであいさつに見えたと。

「もうびっくりよ! あの息子の母親とは思えない、キツイ顔立ち。しかも一方的に押し付けるような話し口調。父親の方はただ座っているだけで、ろくに話もしないし。私はもう、これはダメだと思ったの」

私はそのSさんのものすごい剣幕に圧倒され、言葉もありません。
よっぽど先方のことが気に入らなかったのだと思いつつ、

「でも、もう結婚の方向に動いているんですよね?」

と、訊いてみました。

「だから切羽詰まって、知り合いから教えてもらった高名な占い師のところに相談に行って来たの」
「えっ?! 占い師?」
「生年月日で占ってもらったの。そしたらね、『残念ですが、相性はサイアクです。きっと4年後には別れます』って断言されちゃったわ」
「で、でも、ハズレるかもしれませんヨ」
「でも、当たるかもしれないし」
「当たるも八卦、当たらぬも八卦ですね」

Sさんは今、その占い師さんから教わったとか言う、縁切りの秘法を毎朝毎晩、日課にしているそうです。(そのやり方は秘密とのことで、教えてはもらえませんでした。)
子を思う気持ちは、古今東西、変わりません。
結婚するにしろ、しないにしろ、SさんとSさんのお嬢さんにとって最良の結果になることを願ってやみません。

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2014年8月 2日 (土)

U2

’87年にリリースされたU2の『ヨシュア・トゥリー』が、アメリカのナショナル・レコーディング登記に登録されたそうです。
これは、言ってみれば、音楽の世界遺産みたいなものでしょうか?(規模はもう少し小さいかも?)
ナショナル・レコーディング登記は、重要な録音物を保存する目的で発足したものらしく、アメリカの議会図書館に保存されるとのこと。

U2は社会派ロック・バンドとして周知されていますが、正直なところ、日本人にとってアイルランド紛争とか民族・宗教戦争などの背景的なものは、今一つピンと来ない問題なのではと思います。
もちろん、私自身も、U2が好きになったのは、単にカッコイイからという単純な理由からでした。
日本にもメッセージ性の強い歌謡曲はあるのです。
ただ、その数が少ないのです。
いろんな理由が考えられますが、戦争とか政治などに国民全体がアレルギー体質になっているのかもしれません。
日本語で“戦争反対!”だとか“憲法九条を死守せよ!”などをメロディーにのせたら、想像しただけでも生々しく、娯楽としての音楽は破壊されてしまうような気がします。
ところがこれが、海の向こう側の、しかも日本人の大好きなイングランドとかアイルランドを舞台にした英語の歌詞なら、「カッコイイ」ものとして受け入れられるのだから不思議です。

私が21歳の頃、U2のコンサートに行きました。
ガンズ・アンド・ローゼズの時もそうでしたが、会場は東京ドームでした。
当時、趣味友だちだったO.T.さんがチケットを手配してくれました。
御殿場にある陸上自衛隊の基地に勤務されていたのですが、チケットを取るために休みを取って、公衆電話からチケットぴあにかけまくったと、それはそれは大変なご苦労をされたようでした。
あの時、確か「ZOO TVツアー」だったと思います。
それまでのU2的な演奏スタイルとはガラリと変貌し、90年代を意識した金属音、デジタルを導入したテクノ・ハウス系。
不透明で歪んだ世界観に、O.T.さんと二人して驚いてしまったのです。
それを、前衛的なものとして受け入れたファンの方々もいるとは思うのですが、私はちょっとムリでした。

そんな中、今になってU2も原点回帰をはかっているようです。
ウソかホントか、音楽性には対極にあったペット・ショップ・ボーイズと、長年に渡る不和も、どうやら和解したとのこと。(あくまでゴシップ報道によるものなので、本当のところは不明。)
初期の頃の素朴さからはかけ離れ、90年代からは巨大なショー・ビジネスの歯車にちゃっかり乗っかってしまったようにも見受けられましたが、さて、今回のU2の原点回帰により、どんなロック・サウンドを奏でてくれるのでしょうか?

U2の『ヨシュア・トゥリー』を、「今世紀最高のアルバムだよ!」と力説していたO.T.さんが、その後もU2のファンでおられるかどうかは分かりませんが、20年経った今、ざっくばらんにU2のあれやこれやを話してみたいなぁと思う、今日この頃なのです。

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