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2014年9月14日 (日)

母に歌う子守唄

お彼岸が近付くと、季節の変わり目とも重なるせいか、体調を崩しがちになります。
娘さんのご結婚のことでさんざん悩んでいたSさんも、今はそれどころではない状況となっているようです。(8月20日付、当ブログ記事を参照)
というのも今月に入って、Sさんのお母さんが体調を崩され、入院したとのこと。
娘さんの結婚もしばらく延期となり、今は介護の方に専念されています。
よもや占い師さんから伝授された縁切りの秘法が、こんな形で作用しているとは思いませんが、さすがのSさんも今はそれを中断し、病院と自宅の往復で日々が過ぎるという多忙を極めているようでした。

一方、私の親しい友人の父親が、やはりここ数日のうちに体調を崩し、入院しました。
と言っても、数カ月前にガン宣告を受けてはいたのですが、なにぶんご高齢なので、それほど急激な悪化はないと思われていたのです。
容体もずっと安定しており、気長にガンと付き合っていくつもりでいたらしいのですが、急変したと。
当たり前のように存在する親は、いつまでも死なないような気がするのに、こうなってみて初めて、命には限りがあることを知るのです。
折しも、落合恵子の介護日誌である『母に歌う子守唄』は、この友人が私に紹介してくれた本でした。

落合恵子と言えば、元文化放送アナウンサーであり、みのもんたの同期に当たるそうです。(ウィキペディア参照)
明治大学文学部卒で、幼児教育誌などを発行したり、子どものための本や女性のための本の専門店を経営しています。
こうして華々しいプロフィールだけ追うと、ビジネス・ウーマンとして勝ち組の部類に入りそうな気もしますが、この『母に歌う子守唄』を読むと、大変なご苦労をされた側面も窺えて、介護経験のある私などにはとても共鳴できるのです。

この著書は、一人娘である落合恵子が実際に母親の介護や老いに直面し、思うことや考えたことを介護日誌として綴ったエッセイなのです。
落合恵子の母に痴呆の兆候が表れたのは、「散歩の途中で道に迷って」帰宅できなかったというのが最初だったそうです。
ところが実際に病院でお世話になるのは、腎臓結石による発熱で入院し、そこで初めて医療の現場に直面するのです。
講演活動や執筆業で忙しくしている著者からすれば、もっと早くに母の体調の変化に気付き、然るべき治療を開始していれば良かったと、悔やみきれない思いで一杯のようです。
そしてその様子がこの著書のそこかしこから漂っています。

検査を受けて新たな病名を知ることとなったものの、落合恵子は納得がいかず、セカンド・オピニオン、サード・オピニオンを求めて、漸くたどりついた診断結果が“アルツハイマー病”だったのです。
しかしこのプロセスをたどれるのは、やはり確固たる主義主張を持っている落合恵子ならではの帰結という気もします。
一般的な感覚から言わせて頂くと、最初にお世話になった病院の診断結果を反故にし、他の医師の診断を仰ぐというのは、なかなかできないものです。
(もちろん、そんな遠慮などをしていたら治る病も治らなくなってしまうかもしれないので、まずは一番苦しんでいる患者の立場に立たなくてはいけませんが。)

そんな著者でも、いわば母親の命を預けている主治医との関係には、ずいぶん神経質になっているのを隠せません。

「教えていただきたい。他の人たちはどうやって医療と向かい合っているのだろう。そこに不安や不信や疑問を見つけてしまったとき、どのように乗り越えていかれるのだろう。」

主治医も所詮、一人間。
どうしたって相性の問題もあると思うのです。
その主治医に対して不信感を募らせてしまったら、患者とその家族はもうどうしようもありません。
たいていは「ほどほど」であきらめるしかないという現実に、落合恵子もその当事者となってみて初めて思い知らされたのです。

同じような経験を、私の友人も現在進行形の状態で味わっています。
大切な家族の命を預けているにもかかわらず、病院との折り合いをつけ、「ほどほど」の医療で我慢を強いられる現状。
完璧な医療を求めることができないジレンマに、悶え苦しまねばならない患者とその家族。
本当に難しい問題なので、一体何が正論なのかも分からず、混乱してしまいます。

今、介護に直面されている方々、きっと読書の時間なんてなかなか取ることができないでしょうが、この落合恵子の著書は、介護入門とも言えるエッセイ集となっていますので、おすすめです。
寝る前の10分ほどの読書タイムに、いかがでしょうか?

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コメント

こんばんは

介護と老い
誰もが避けて通れませんね

僕の両親は今のところ健在ですが
いつ介護の問題がやってきても
おかしくありません

医療に関して言えば
祖母の死亡時に
医師や看護婦さんの
あまりに事務的な流れに
違和感を覚えましたが

「仕事」として
日常業務の中で
死と隣り合わせの職業なのですから
やはり事務的にならざるを
得ないだろうなあ
と今は思います

しかしお友達のSさん
ご苦労が絶えませんね

どうぞご自身の
お身体に気を付けて!!

投稿: 松枝 | 2014年9月15日 (月) 17:48

松枝さんこんばんは!

「介護」や「老い」の問題は、今でこそ私たちの親世代が直面する問題ではありますが、いつの日かは私たち自身が直面する問題なんですよね。

医療そのものはますます進歩を遂げるでしょうが、医療を授ける側と受ける側の、人と人との問題はいつの世にも、さほど変わりはないようです。

ならばどうしたら良いものか、と考えたところで、きちんとした答えは見つからないのですが、、、

松枝さん、いつもこのようなつたないブログの記事をお読み下さり、本当にありがとうございます!!
感謝の気持ちでいっぱいです(*^-^)

投稿: さんとう花 | 2014年9月15日 (月) 21:03

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