夜叉御前
ドラマや小説の世界では取り上げられるプロットですが、実際にはあり得ないことだと思っていました。
倫理的にということももちろんですが、遺伝学的にも悪影響を及ぼすので、決してあってはならないことだと受け止めています。
そう、近親相姦というタブーです。
そうは言っても、よもやそんな禁忌が行われているはずもないと思い、検索をかけてみると、、、あるはあるは、次から次へと。
世界中のいたるところで(無論、日本国内においても)そのタブーは破られているのです。
私は、山岸凉子の作品が大好きで、十代のころから愛読しています。
『花とゆめ』とか『ララ』などで山岸凉子のマンガが掲載されているのを知ると、その月だけ買ってみたり、とにかくませた小・中学生でした。
その山岸凉子の作品集が、20年近く前に発売され、当然のように私は買い求めました。
その一冊に『夜叉御前』があります。
これは、文春文庫ビジュアル版として出版されたものですが、今でも取扱いはあるのでしょうか?
最近、書店で見かけることはありませんが、自選作品集と謳っているだけあり、秀逸です。
十代のころ、ませていた方の私ですが、『夜叉御前』の本当の意味が分かりませんでした。
しかし、今ならはっきりと認識できます。
これこそまさに、近親相姦を扱った作品なのです。
◆ここからは作品のテーマにも触れますので、内容を明かします。
とある山深い一軒家に、15歳の少女とその家族が引っ越してきた。
少女の母は腎臓が悪く、寝たきり状態。
父方の祖母も体が弱く、しかも耳が遠い。
少女には年の離れた弟妹がいるので、家事一切をこなさなくてはならなかった。
少女は夜ごと、般若の面をかぶった女から、じっと見られている妄想にとり憑かれている。
それはもしかしたら、古い旧家の木造建築に住んでいるからという環境もあるかもしれない。
とにかく少女は、心細さから、不安と恐怖におののいていた。
そんな中、少女は食欲を失っていった。
吐き気をもよおし、耐えられず、戻してしまう。
少女は自分をつけ狙う般若に、殺されるかもしれないと常に不安を抱くが、ある晩、寝ていると、黒い物体が覆いかぶさって来た。
少女はその黒い物体を押し退けようとするが、その抵抗も虚しく、どうすることもできない。
そんな少女の様子を、般若は押入れの中からじっと見つめている。
それからは毎晩、少女が寝ていると黒い物体が覆いかぶさるようになったのだ。
上記は概略ですが、マンガを読んで頂くと、その恐怖たるや鳥肌モノです。
夜ごと覆いかぶさって来た黒い物体の正体は、間違いなく少女の父親なのです。
さらに、少女を恐怖のどん底に陥れるような般若は、正に、病身の母に違いありません。
とんでもない禁忌を破ったことに対する夫への恨みつらみから、ラストでは斧で殺害してしまい、娘に対しても異常な嫉妬に駆られ、殺そうとします。
作中、少女と父親が実の親子であるのかどうかは触れていません。
イマジネーションを働かせれば、あるいは母の前夫と間に生まれたのが15歳の少女で、年の離れた弟妹が現在の父親との間に生まれた子ども、ということも考えられます。
実父であろうが養父であろうが、15歳の少女に行った仕打ちは人間としてあるまじき行為であり、殺害されてしまうというラストも当然の帰結かもしれません。
しかし、哀しい哉、女という性は、我が子であっても嫉妬の対象であり、憎しみと憤りで鬼にもなり得るという意味でしょうか。
いずれにしても、近親相姦の末路にあるのは、絶望以外の何物でもないことがこの作品から分かります。
人は皆、それぞれに他人には言えないような醜いヘドロのようなものを胸に秘めて、日常をやり過ごしているのです。
この潜在的に隠されている狂気が目覚めた時、自らを失ってしまうことは間違いありません。
私たちは常に、理性と秩序を保ち、生きていかねばならないのです。
山岸凉子の『夜叉御前』は、人間の持つ底知れぬ怖さと狂気を、とてもよく現した作品なのです。
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