水森亜土
日記としてブログを始めたのが10年ほど前なので、いまだにこのブログを閉鎖もせずに続けているのが奇跡です。
2月2日の父の命日は、いつもと変わらない朝を迎え、一本のお線香をあげてお位牌に手を合わせました。
父方の親戚とはすでに付き合いもなく、私のことなど覚えている人は、まずいない。
菩提寺は伊豆にあるけれど、年に一度だけお盆にお参りするのみ。
きっとお墓は草ぼうぼうで、墓石のてっぺんは心無いカラスの糞で汚れていることだろう。
本来なら、外出する余裕のある時こそ優先してお墓参りに行くべきなのに。
私は趣味を優先して、東京は六本木、ミッドタウン内にあるサントリー美術館に出かけてしまいました。
それは10日(日)のこと。
どこまでも親不孝の私です。
時折思うのは、人間たちなど全て無視して毎日部屋にとじこもりきりになって、落葉を終えた木々の間を小雪が舞うのを見てすごしたい、と。
でもそんな勝手な生活など許されるはずもなく、毎日毎日、時間と生活と目に見えない他人の辛辣な言葉に苦悩し、追われて生きていくのが現実なのです。
そんな私がなぜ東京まで出かけたのか?
もしかしたら、そこに「癒し」を求めたのかもしれません。
人工の光を浴びながら、人知れず寂しさを抱え、猥雑な環境の中で肩を震わせながら生きている孤独な姿を思い浮かべてしまったのです。
私はサントリー美術館で、ロートレック展を観ました。
静岡の片田舎では、まずお目にかかれない素晴らしい設備と、優雅で格調高い館内を存分に楽しませてもらいました。
休日ということもあってか、館内は満員。
一つの作品をじっくりと堪能するインテリジェンスが多くて、まるで前に進めないのです。
南仏の画家ロートレックは、風景画や静物画をたしなまず、その作品のほとんどが人物、あるいは動物なのです。
私が特に気に入ったのは、娼婦が疲労のためベッドに無造作に横たわる姿。
このデッサンは、ほんの短時間で描き上げたとはとても思えない表現力なのです。
客を取る合い間を縫って、少しでも体を休めたいと仰向けに無抵抗な姿で横たわる娼婦は、隠微で、だけど人間の抜け殻なのです。
ロートレックの描いた都市風俗は、決してエロティックではありませんが、彼が目指していたのはそういうものではなく、もっと大衆文化を自然な形で表現することにあったのではないでしょうか。
「僕はデッサンで自由を買った」
と、自身の仕事に誇りを持っていたロートレックの創作活動は、晩年の10年間に集中しています。
彼は37歳という若さで、天寿を全うしたのです。
二輌編成の遠州鉄道(あかでん)に揺られて終点の西鹿島駅下車。
二俣山東行きのバスに乗り換えて10分ほど行くと、「秋野不矩美術館入口」にて下車。
快晴の下、こいのぼりがそこかしこでたなびくのを横目で見ながら山のゆるやかな斜面を登って行くと、秋野不矩美術館がひっそりと佇んでいます。
私はここを何度か訪れていますがその度に友人のK美さんも同行させてしまうのです。
秋野不矩(あきのふく)は静岡県浜松市天竜区の出身で、静岡県立二俣高等女学校(現・二俣高校)を卒業していて、私の亡き母の先輩でもあります。
秋野の画風が知られるようになったのは、何と言ってもやはりインド以降だと思います。インド以降の印象的な画風は「日本画という素材でこそ表現され得た世界」であったのです。
「滔々と流れるガンジス河、刻々と変化する自然の様相、インドの微笑みをたたえる女神たち、強烈な日差しのために漆黒の影を落とす民家、壮麗な寺院ファサード、祈りの絵を描く女性、壁に描かれた祈りの形、厳しい自然の中で息づく動物たちそして人間・・・秋野が描くのはインドの名所ではなく、インドに生きる人間の目線で眺められた光景である」のです。
秋野作品の「廃墟Ⅱ」という大作を前にした時、ぬけるようなコバルトブルーの空の下、朽ち果てた石柱が立っていることのギャップに乾いた風の音を聞いたような気がしました。果てしない広野に孤独の静寂を感じさせるのです。
また「渡河」は、ベンガル湾に注ぐダヤ川を雄々しく進む水牛たちの姿を描いています。そこには人間の手が加わることのない自然の息吹が画面いっぱいに広がり、畏敬の念さえ抱かせるのです。
素晴らしい作品に触れて清々しい気持ちで館内を去ろうとした矢先、二十代の正装したカップルが秋野作品を前に何やらいちゃいちゃしていました。
男性は女性の後ろに立ち、手を回してぴったりと密着。
サリーをまとったインド女性を描いた作品を見ながら、おそらく次のような会話が展開されていたのでしょう。(私の妄想ですが。)
「この人ステキだわ。真っ赤なサリーがとてもよく似合ってる。」
「そうだね、でも・・・。」
「でも・・・?」
「でも、君の方がもっとステキだよ。」
私は何か絶望的な気持ちで二人の前を横切り、美術館を去るのでした。
そのようすを克明にK美さんに報告すると、K美さんはシニカルな笑みを浮かべて一言。
「ファッションで美術館に来るんじゃねーよ、ったく。」
そして私を置いて足早に坂道を下って行くのです。
「あ、待って。早いってば、そんなに早くいっちゃヤダ。」
私は小走りに追いついて行こうと必死。
K美さんは振り向きざまエヘヘと笑いながら、
「ゆるして候(早漏)。」
K美さん、それはおもしろすぎます。でもそれは私の前で言うに留めておいて下さい。間違っても殿方の前では禁句です(笑)
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仕事でミスの多い私。プロ意識が薄弱なのでしょうか。
毎日の緊張感から解放されたくて、頂いたチケットを手に、大ナポレオン展へ行って来ました。
アクトシティ浜松・展示イベントホールにて9月30日~10月22日まで開催されています。
もっと静寂で閑散としているのかと思っていたのですが、その予想は裏切られ、会場は老若男女でごったがえしていました。
私は人ごみの流れに沿って、ナポレオンの肖像画を鑑賞しました。
ナポレオン・ボナパルトは、言わずと知れたフランスの軍人であり政治家でもあります。ふつう「ナポレオン」と呼ばれているのは、フランス第一帝政の皇帝ナポレオン一世のことです。
「余の辞書に不可能との文字なし」という言葉はあまりに有名です。
今回展示された絵画は、そのナポレオンの首席画家として活躍したジャック・ルイ・ダヴィッドや、その弟子のアントワーヌ・ジャン・グロなどの作品が主になっています。
高校の世界史の教科書に定番のごとく掲載されている肖像画は、たいてい、イタリア遠征の際雪深いアルプスを越えて劇的な勝利を収めた、赤いマントをはためかせ白馬に跨るナポレオンでしょう。
あるいは、パリのノートル・ダム大聖堂において執り行われた戴冠式の模様を描いた作品でしょう。
「あ、これ知ってる。」
と、思わず呟いてしまいそうな有名な絵画ばかりがズラリと揃えられており、ここが浜松であるということを忘れ、まるでパリのルーヴル美術館を訪れたかのような錯覚さえしてしまいました。
ナポレオンほど行動力に溢れ硬派なムードが漂う人物はいない、と思っていましたが、彼はなかなかの男でした。
運命の女性ジョゼフィーヌと出会ったことで、一目で恋に落ち、自らの最大にして最高の愛を彼女に注ぎ、結婚後わずか二日にしてイタリア方面軍事総司令官として出陣するのです。
これだけの英雄を奮い立たせた女性とは、一体・・・?
けれど、ナポレオンほどの英雄でも最期は孤独なものでした。
南大西洋の孤島(西アフリカ沖に浮かぶ絶海の孤島)、セント・ヘレナにおいて、「フランス、軍隊、軍の先頭へ」を最期の言葉に遺し、波乱万丈の人生を終えました。
52歳という若さでした。
ふだん仕事に追われて芸術から遠ざかっている方、世界史に興味のある学生さんなどにおすすめしたいです。
ここには、ナポレオンの息吹さえ感じられるのです。
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最近はくじけそうな自分を律するためにとにかく必死です。
駅で電車待ちしている際に見かけた掲示板のポスターは、浜松市美術館で棟方志功展が開催されるという宣伝でした。8月19日からということなので(8月19日~9月28日までの期間)、今日になるのを指折り数えて待っていました。
棟方志功は青森県出身の板画家(1942年以降、版画から板画と称す)で、「わだは、ゴッホになる」と絵描き志望で上京しました。
しかし一方で版画に心惹かれ、昭和11年に国画会に「大和し美し」(やまとしうるわし)を出品したところ日本民藝館に認められ、柳宗悦、河井寛次郎、濱田庄司氏らの知遇を受けるようになります。
それからは板画一筋に、生命力、躍動感に溢れた力強い傑作を次々と発表して行きます。
棟方志功の独特のスタイルと言えば、大変な近視のため、メガネが板に付きそうなほど顔を近付け板画を彫ったということです。
今回私が特に気に入った作品は、「雨ニモ負ケズの柵」と「看病シテヤリの柵」です。
これは童話作家である宮沢賢治氏の詩を題材にしたものなのですが、何と言うのか、煩悩に屈しまいとする強さと、内面から滲み出るような優しさ、慈悲深さに溢れているのです。
他にも、「女人われこそ観世音ぼさつ」と女人を礼賛して止まない「仰向の柵」や「振向の柵」など素晴らしい作品でした。
私が日々の生活のために望まない仕事を淡々とこなし、抱えきれないほどのストレスに苦しんでいる時、さらには近い将来に対する無意味な不安に怯えている時、この棟方志功の作品はあまりに神々しく、まばゆいばかりの光を放っていました。
異常な胸苦しさとか得体の知れない衝動に、どうしようもない涙がこぼれ落ちそうになった時、この棟方作品がそっと手を差し伸べてくれそうな気さえしました。
わたくし、していない、わたくしを支えているあらゆる力がわたくしの仕事をしてくれるのです。毛頭に自分が働いているのでもなくまして作っているのでもありません。させられているのです。事が運ばれて行く事に間違いないのです。
棟方志功の言葉によると、私も自分が仕事をしているのではなく、何か目に見えない力によって今の仕事に縁が生まれ、それに携わるようになっていたということなのでしょうか。
その見えない何かの導きに従って事が運ばれて行けば間違いないということなのですね。
だとしたら、私もその流れに身を任せてみましょうか。
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伊豆高原のとある一角にオープンして間もないビートルズ博物図鑑に行って来ました。
伊豆高原は様々なアーティストの美術館や博物館が軒を連ね、格調の高い街並みになっています。そんな芸術の香りが漂う閑静な住宅街に、ビートルズ博物図鑑はあります。
ビートルズ(The Beatles)とは謂わずと知れたイギリス・リヴァプール出身の、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターの4人から成るグループバンドです。
このビートルズの出現によって音楽の歴史は変えられたと言っても過言ではありません。
ビートルズ結成初期の頃は、アイドル・バンドとして熱狂的な人気を獲得するのですが、後期はビートルズ独自の音楽性を追求したバンドへと変革して行きます。
メンバーはビートルズの存在理由とは何かを突き詰めた際に、音楽を創作し、演奏することにあるのだと認識します。しかし、コンサート会場の内外ではファンがヒステリックに金切り声を上げるという現象が起こり、とてもまともにライブなどやっていられるような状態ではなくなってしまった為、ライブ活動を完全に停止します。
その後、レコーディングに専念し、1967年に発表されたのが「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」です。
このようなビートルズの歴史を詳細に解説して頂けるのもビートルズ博物図鑑の特徴とも言えます。館長である岡本備さんは、日本でも有数のビートルズコレクターでもあり、約2万点からのコレクションを一般公開しています。
ビートルズを熱く語る姿は、単なるマニア、コレクターの域を越えた「情熱」さえ感じられるのです。“All You Need Is Love”(愛こそはすべて)の精神に則り、人生をビートルズに捧げた人物なのかもしれません(笑)
開館は午前9時~午後6時までです。
熱海・伊東方面にお越しの際は、ぜひぜひ伊豆高原にまで足を運んでみて下さい。一見の価値はあります。
(今年はビートルズ来日40周年の年でもあります。)
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松本かつぢさんの作品展が、東京の弥生美術館で開催されたので出かけて来ました。(弥生美術館は東大の弥生門の側にあって、竹久夢二美術館と併設されています。)
松本かつぢは神戸生まれの東京育ちです。昭和初期から「少女世界」や「少女の友」などの少女雑誌で挿絵画家として活躍しました。その抒情的な画風は、中原淳一と人気を二分しました。
私が特に気に入っている大好きな作品は、アンデルセン童話集の「絵のない絵本」を題材にした「月の見た話」の口絵です。その異国情緒あふれるロマンチックでモダンな作風は、見る人の心を打ち、とりこにしてしまいます。
この他にも「マッチ売りの少女」や「人魚のなげき」「おやゆび姫」などがあり、中でも「人魚のなげき」はエキゾチックで官能的でさえあります。
松本かつぢのスゴイところは、ライバル中原淳一がユーモア小説の挿絵を描くことなどまずなかったのに対し、そのようなコミカルな挿絵はもちろん、「くるくるクルミちゃん」という少女漫画もヒットさせたことです。
そんな彼が晩年、こんなことを言っています。
「わたしは造形面の仕事も大好きなんです。材料が何であれ、物を作るということは、これはまた楽しい楽しい仕事です。」
仕事は楽しんでやることが必要なのだとつくづく感じ入りました。
正に、「好きこそものの上手なれ。」なのでしょうか。
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伊東市に伊豆高原という、上品で文化の香りが漂う場所があります。
博物館や美術館などが多く点在し、格調の高い雰囲気をかもし出しているのです。
その中に、ワイルド・スミス美術館という石坂浩二さんが館長を務めるこじんまりとした美術館があります。
一たび館内に入ると、繊細で鮮やかなワイルド・スミス氏の絵の世界が広がるのです!
みなさんもよくご存知の「マザーグース」の挿絵も手がけているのですが、残酷で暗示的な詩にぴったりなのです。
もし伊東へお越しの際は、ぜひ伊豆高原にあるワイルド・スミス美術館へお立寄り下さい。
ちなみに小学生以下は、無料で入館できます。
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