2014年11月 4日 (火)

ごめんね青春

私が静岡県東部地区から西部地区に引っ越したのは平成10年のことなので、故郷を離れてすでに16年も経つことになります。
私が生まれたのは三島の病院で、高校も三島にある公立高校を卒業しており、“三島”と聞くと、何とも言えない郷愁を感じるのです。

テレビの番宣で、三島を舞台にしたドラマが始まることを知り、ちょっと興味を持ちました。
先月から始まったTBS系日曜劇場『ごめんね青春』は、夜の9時から放送されているのですが、いや本当におもしろい!
宮藤官九郎が脚本を手掛けているので、まずハズレはないだろうなーと思いつつも、期待以上のコメディ・ドラマで、毎週日曜日の夜が楽しみでなりません。

「ふるさとは遠きにありて思ふもの」とはよく言ったものですが、三島を離れた今、テレビの画面を通して三島の街並や、母校の正門、校庭などが映し出されるのを見ると、思わず懐かしさに胸が熱くなるのです。

ドラマでは、駒形大学付属三島高校という禅宗系の男子高校として登場するのですが、実際のあの場所には公立校が存在します。
もともとは女子高でしたが、現在は男女共学となりました。
そう、私の母校なのです。
あの門を3年間毎日くぐっていた記憶が、昨日のことのように思い出されます。
親友のK美さんも同校の卒業生なので、おせっかいの私はすぐにメールすると、彼女も『ごめんね青春』を見てくれて、「わーなつかしいー!」という返信がソッコーでかえって来ました。
彼女も今は故郷を離れ、大阪に住んでいるため、それはもう懐かしさでいっぱいになったようです。

ロケにも使用された源兵衛川沿いの散歩道は、以前から市民の憩いの場となっており、白滝公園もまた、私やK美さんがブラブラと歩き回った場所で、何てことはないところなのです。
それなのに一歩そこから離れてみると、とても貴重で大切な記憶の断片となっていることに、改めて気づかされるのです。

「久しぶりに三島へ行ってみたいねー」
と、K美さんがメールをよこしたのですが、私も同感。
伊豆箱根鉄道駿豆線(通称:いずっぱこ)に乗ってブラリと三島まで出かける、という気軽な距離ではなくなってしまいましたが、それだけに魅力のある土地なのです。

ドラマに度々登場する“みしまコロッケ”なるものは、おそらく町おこしのために近年になって売り出されたものだと思われます。
なので、私やK美さんなど25年以上も前に青春を謳歌した世代には、残念ながらピンと来ません。

『ごめんね青春』では、私立の女子高と男子高が、少子化の煽りを受けた経営難からの脱却のために、両校が合併しようとする物語です。
偶然にも、私の母校は女子高で、古くは女学校として伝統のある学校だったのですが、何年か前から男女共学となりました。
これも時代の流れなので、仕方がありません。

今思えば、高校3年間は決して明るくはなく、心から楽しかった思い出などというものはありませんでしたが、何十年も経って、ただ一言、「なつかしい」と思える気持ちがふわりと湧き起ったら、それが青春なのではないかと思うわけです。
映画や小説の中で描かれている華やかで輝かしい青春は、ごくごく少数派の体験するものであり、その他大勢はおそらく“灰色の青春”というのが現実なのではないでしょうか?

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2014年10月10日 (金)

パッション

これまで映画の感想は楽天ブログの方にアップして来たのですが、いっしょに管理している友人の都合で、しばらくの間、更新を停止しています。
こちらのさんとう花としてのブログは、私個人が月に何度か気の向くままに更新していますので、今回は映画の感想ですが、こちらで記事をアップしたいと思います。

◆楽天ブログにおいては、吟遊映人というHNを使用しまして、映画感想・読書案内・信州の何気ない風景・新聞の気になる記事・詩歌・俳句などを取り上げて参りました。
私は主に映画感想や読書案内の記事のみを担当していまして、その他ほとんどすべて(ブログの管理運営含む)を友人が手を尽してくれておりましたので、残念ながら私が引き継ぐことが難しいのです、、、
そんなわけで、今後はしばらくの間、私のつたない記事をさんとう花日記のみでアップさせていただきます。
今後ともよろしくお願いします<m(__)m>

さて、最近の私はiTunesストアで様々な映画をレンタルし、家に居ながらにして鑑賞するという画期的なスタイルに、悦に入っています。
こないだレンタルしたのは、リーアム・ニーソン主演のスリラー映画『ザ・グレイ』です。
これは寒い冬の夜などに見たら気が滅入ってしまうところですが、真夏の暑気払いには持って来いの作品でした。
その前はレオナルド・ディカプリオ主演の『シャッターアイランド』で、これも心理的には漠然とした不安を感じさせるものでした。
躁状態の自分を一気に冷却させたい時などには一見の価値がありそうです。
が、そうは言ってもどちらも好みの問題と言えそうです(笑)

今回も私好みのスリラー映画で、『パッション』をレンタルしてみました。
さすがはブライアン・デ・パルマ監督の作品だけあって、最後まで飽きさせない内容となっています。
徹頭徹尾、無言のストレスをかけられているような気になり、メンタルが歪んでしまいそうな錯覚さえします。
とはいえ、ウィキペディアによれば『パッション』は、フランス映画『ラブ・クライム偽りの愛に溺れて』のリメイク版とのこと。
私はまだ未見ですが、タイトルからしてオリジナル版もさぞや官能的で残酷なものなのでしょう。
『パッション』のストーリーは次のとおり。

広告代理店のベルリン支社で重役を務めるクリスティーンは、ニューヨーク本社への栄転を望んでいた。
新作スマートフォンの広告を手掛けることになり、クリスティーンのアシスタントであるイザベルは、画期的なプロモーション・ビデオを制作した。
クリスティーンは野心家で、イザベルのアイデアを横取りしてしまうのだが、一方でイザベルはクリスティーンの恋人であるダークと肉体的な関係を結ぶ。
だが、したたかなクリスティーンは、会社の金を使い込んでいるダークに揺さぶりをかけ、利用し、挙句の果てに見捨てる。
バックボーンを失ったダークは、イザベルとも冷静ではいられなくなり、別れ話を切り出す。
絶望的なダークに同情したイザベルは、改めてクリスティーンの冷酷で非情な本性を知る。
イザベルは何とかしてクリスティーンを出し抜きたいと、自分の提案したアイデアを逸早くネットの動画サイトを利用し、公開することで、世界中から反響を呼ぶのだった。

『パッション』の怖さは、女性の怖さでもあります。
タイプのまったく違う二人の女性が、同じ仕事を手掛け、恋人を共有し、野心と欲望にまみれ、どうしようもない憎悪から逃れられず殺意が芽生え、完全犯罪を企てるのですが、とにかく女性の存在感だけが際立つ作品です。
もちろん、男性も登場するのですが、お刺身のツマみたいな役割にも似て、この作品ではあまり重視されていないように思えます。

ポスト・ヒッチコックとも称されるデ・パルマ監督の作品に、ハズレなどあろうはずもありません。
スリラー映画ファンには必見の作品です。
女性同士のエロスにはいささか閉口ですが、甘美で官能的な世界観は、視聴者を惹きつけてやみません。
この作品は、むき出しの女性があれよあれよと冷静さを失っていくプロセスに、慄然とするのです。

2013年公開
【監督】ブライアン・デ・パルマ
【出演】レイチェル・マクアダムス、ノオミ・ラパス

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2011年2月11日 (金)

フローズン(映画)

暦の上では春ですが、まだまだ寒い日が続きます。
寒いとどうなるかと言うと、トイレが近くなるわけで、せっかくあったかいお茶を飲んでも、飲んだそばからトイレに行きたくなってしまうのです。

そうそう素朴な疑問ですが、自宅のトイレに入った時、みなさんはカギをかけますか?
カギをかけるという行為は、誰か他人様が近くにいる時、間違ってトイレのドアを開けられないようにするためなので、我が家でリラックスモードの時は、あまりカギはかけないのがフツーでしょうか?
私は断然カギはかけません。ドアも開けっぱなしです、はい。
ところが人にはふと、“魔が差す”ということがあるのですね。
私は、客人が来た時のために(めったに来ないけど)、カギはちゃんとかかるかしらと、カギをかけてみたのです。
この家に引っ越して来て、十数年もの間トイレのカギというものを使ったことがなかったのに、初めて“カチャッ”と、かけてしまったのです。

す、すると・・・!?
開かない、トイレのドアが開かない。
カギが右にも左にも動かなくなってしまったではありませんか。
きっと、めったに使うことがないため、錆付いてしまったのでしょう。
ケータイを持ってトイレに入る若い人のことを笑っていた私は、初めて後悔しました。
なんでそういうクセをつけておかなかったんだろうかと。
こんな密室に閉じ込められ、私は朽ち果てて死んでいくのかと絶望感でいっぱいになりました。
トイレには暖房設備もなく、食料もなく、飲み水はこのトイレの水だけ。
私の人生って一体何だったんだろうかと、過去の記憶が走馬灯のように巡って来ました。
いや、ここで諦めるわけにはいかない。
私は必死でカギをカチャカチャやっていると、やがて“カチャッ”とドアが開いたのです。
トイレの外に出たとたん、ああ、生きているってすばらしいと、つくづく実感しました。

そんな中、私は「フローズン」を観ました。
この作品は、友人のSさんが、「これスゴイんだからぁ! 正統派のB級映画だよ」と大絶賛したものでした。
TSUTAYAで新作として3本の「フローズン」がデーンと並べられる中、だーれも借りていませんでした。新作なのに。
私は期待で胸をいっぱいにして鑑賞したのです。

ダンとジョーとパーカーは、スキーを楽しんでいた。
すでに日は暮れていたが、ムリに係員に頼んでリフトに乗せてもらい、最後にもう一滑りしようと思った。
途中、係員は別の係員と交代し、ゲレンデから最後の客らしき3人組が滑って来るのを確認すると、リフトとゲレンデの照明のスイッチを切ってしまう。
だが、ダンとジョー、それにパーカーはまだリフトに乗ったままだったのだ。

この作品は、極寒の吹雪の中、地上から15メートルも高いリフトに取り残された3人のパニック状態を映画にしたものです。
この映画のメガホンを取ったのは、アダム・グリーンというまだ30代の若い監督さんですが、聞き慣れない映画賞をいくつも受賞しているスゴイ人物(?)なのです。
グリーン監督の最も敬愛するのはスピルバーグ監督とな。
やっぱりなー、と思うのもムリはありません。
リフトから思い切って飛び降りて骨折してしまったダンに忍び寄るオオカミのシーンは、スピルバーグ監督の「ジョーズ」へのオマージュだし。
地上から15メートルの高さにあるリフトで起こるハプニングは、ヒッチコック十八番の密室スリラーを彷彿とさせるし。
とにかく気に入ってしまいました!

でもこの作品、ぜーんぜん重厚で深いテーマなんてありません。ヽ(´▽`)/
なので気軽に鑑賞O.K.
なんだか私にも映画製作できそうな気がして来ました。
やっぱり私はこういうマニアックな映画に弱いんだわぁ。(* ̄ー ̄*)
正統派B級映画のファンには、おすすめですよ!

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2010年11月28日 (日)

今年のベスト3。

今年の下半期は、自分の萎えた精神を立て直すことで精一杯でした。
職場での過度なストレスは、私から笑顔を消し、明るさを否定しました。
しかし、任期を終了して職場を離れると、みるみるうちに自分が解放されて、本来の自分を取り戻すことが出来たように思います。
本当におかげさまで、私を支えてくれた人に、感謝の気持ちでいっぱいです。

さて、そんな私が心掛けたのは、とにかくたくさんの感情や動揺、驚きを持つことでした。
ウォーミングアップとストレス解消を兼ねてのことなので、やっぱり映画鑑賞が最適でした。
ただ失業中の身なので、度々のシネコン通いも出来ず、新作・旧作のDVDをお借りして、せっせと鑑賞させていただきました!

そこで、あれこれ鑑賞してみて、私なりのベスト3をしぼってみました。(あくまで私の個人的ベスト3なので、あしからず)

まずは、第3位!

それは『第9地区』です。

久しぶりに新しい作品に出合ってしまった、という感覚でした。
SFモノはお金をかけていないと、とかくB級に陥りがちでがっかりするものが多いのに、この『第9地区』には驚きました。
無名の監督で、しかも無名の、素人に毛の生えたような役者さん。(どうやら監督の高校時代の同級生に主役を依頼したそうな)
ところが侮るなかれ、『第9地区』は良い意味で視聴者を裏切ってくれるのです。
なにしろストーリー展開が読めないのですよ。
ネタバレになるといけないので、内容については触れませんが、外見上の醜いものへの嫌悪感や侮蔑。
そこから生まれる差別意識を真っ向から捉えたもの、とでも言っておきましょうか。
今の私のように、自分という人間を見つめ直す時、この作品は本領を発揮するのではないでしょうか。

次に、第2位です!!

はい、それは『MOON』です。

これはイギリス映画で、しかもSF。
『第9地区』同様に、あまりお金はかかっていないような気がします。
だけど、明確な主題に基づいて製作された意図が感じられるので、私は大好きです。
作品のテーマは、おそらく、企業と労働者のあり方、そしてクローン人間に自我(人権)はあるのか、というものだと思われます。
英国人気質らしく、深遠で、気の利いた皮肉に脱帽しました。
ウィキペディアによると、監督はデヴィッド・ボウイのご子息とかで、なるほど、DNAを受け継いだのか作品にアートを感じました。
賛否両論あるかと思いますが、私はこの作品にほぼ満点を差し上げたいです。

さて、それでは本年度の栄えある第1位は!?

はい、それは『オーケストラ!』です。

これはフランス映画です。
ジャンルとしては、ヒューマンドラマと言ったら良いのでしょうか。
でもそれでいて深刻ぶったものではないので、鑑賞後のスッキリとした後味がなんとも言えない爽快感なのです。
作品のコアにおいて、常にポイントとなるのがチャイコフスキーの“ヴァイオリン協奏曲”なのですが、これがストーリーの展開に伴い、絶妙に織り込まれ、上質な仕上がりになっています。
構成も演出も音楽も、実にバランスが良く、ポテンシャルの高い作品だと思いました。

そんなわけで、私のベスト3をご紹介しましたが、まだ未見の方はどうぞご覧になって下さいね。
こんなつたない感想でも、何かの参考になりましたら幸いです。

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2010年4月26日 (月)

画家と庭師とカンパーニュ。

日曜日の朝は、決まってウォーキングに出かけます。
30分ぐらいのんびりと近所の公園をてくてく歩くだけなのですが、肩こりや便通に良さそうな感じがするのです。

桜はすっかり見ごろを過ぎて、目に染みるような新緑がそこかしこに見受けられます。
公園の立派な楠木の根元にベンチがあるのですが、そこに座ってお気に入りの一冊を読むのも悪くないなぁと思いました。
これから夏にかけて、樹木がちょうど日除けの役割をしてくれるのも有りがたいです。
こんな穏やかな日は、日頃の鬱陶しいことや、雑念を忘れて、素の自分に帰って好きなことに興じるのが一番です。

数ヶ月前、仲良しのSさんからお借りしたDVDが、とても私好みだったので「欲しい」とねだったら、快く了解して頂き、今は私の手元にあります。(←実に親切な方なのです、はい)
以後、度々このDVDを観ては、心穏やかなひと時を堪能しているのです。
そのDVDとは、『画家と庭師とカンパーニュ』というフランス映画です。

この作品は、今年上半期でレンタルして観た映画中、最高得点を入れたいほど素晴らしいものでした。
フランスの片田舎を舞台にした、二人の男の友情をやんわりと描いたものです。
主役の二人は幼馴染みですが、一方は売れっ子の画家、もう一方は国鉄職員を定年後、庭師になるという全く別々の人生を歩みます。
一方をハッピー、他方をアンハッピーとすることなく、それぞれに苦悩を抱えながらもささやかな生活の中に計り知れない慈愛に満ちた幸せがあるのだと教えてくれます。

この作品を観た後、何気ない日常の一コマが、実はとても大切な空間であることを思い知らされるのです。
そして、我が家の猫の額ほどの庭に、ちょっとした家庭菜園を作ってみたくなりました(笑)

『画家と庭師とカンパーニュ』は、ハリウッド映画のような華やかなアクションシーンや男女のラブ・ロマンスには欠けますが、風光明媚なフランスの田舎と、人が人として生きるための知恵が凝縮されていました。
良質で、格調高いフランス映画なのです。

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2009年6月27日 (土)

ターミネーター2。

あれはまだ私が伊豆の片田舎に住んでいる時のこと。
月に一度、町内の公民館で映画の上映会がありました。
公開より半年以上経った作品の上映と言うこともあり、町民は¥500で鑑賞することが出来ました。
いつもは友人を誘って出掛けるのが恒例でしたが、「T2」の時はなぜか友人の都合が悪くていっしょに行く相手がいませんでした。
夜の7時半からの上映なので帰りは10時過ぎになってしまうため、さすがにこの時ばかりは半ばあきらめていたところ、当時まだ健在の母が「行ってみたい」と言うのでした。
病気療養中の父も、そのころは体調が安定していたため、数時間ぐらいなら留守番も出来たのです。
そんなわけで私と母は、自宅から20分ほどのところにある公民館まで、懐中電灯で足元を照らしながらてくてくと夜道を歩いて行くのでした。
そんな思い出のある「T2」を、例によって仲良しのSさんからお借りして、実に18年ぶりに観ることが出来ました。

1作目、2作目ともメガホンを取ったのは天下のキャメロン監督で、「T2」ではなんとアカデミー賞4部門を受賞するという快挙を成し遂げました。
評論家の多くが絶賛しているので、今さら私が言うまでもないのですが、1作目から2作目では目に見える進化が感じられるという点。
衝撃的だった液体金属の描写など、当時としては最先端の特殊効果を駆使したことがありありと分かるし、何かから何かへと変化するという絶妙な設定は、斬新な悪役として視聴者の心理を釘付けにしたのです。
また、本作では大切なキーワードとなる母親サラ・コナーも、1作目では街にいるフツーのギャルでしかなかった小娘が、「T2」では驚愕するほどの変貌ぶりを見せてくれるのです。
つまり、女性本来の持ち合わせる優しさとかしなやかさなど捨て去り、強くたくましく潔いばかりの戦闘士へと進化を遂げているのです。
要するに前述のような、画期的CG効果も去ることながら、ジェームズ・キャメロン監督の描く世界観、それは脚本にしても演出にしても少しのブレもなく、完璧なまでの映画に完成されたということの証拠なのです。

私は「T2」を再び観る機会を与えられましたが、あの片田舎の公民館で観た感動と少しも変わらない、ドキドキハラハラ感を楽しむことが出来ました。
そして、今は亡き母もあの時は21世紀を垣間見るような思いで斬新な「T2」を観ていたに違いないと、今さらながら確信するのでした。

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2009年5月 4日 (月)

レッドクリフ~Part2~

田園地帯を東西に貫く県道を、自転車でひたすら走る。
無数の車に当たり前のように追い越されつつも、シネコン目指し、ペダルをこぎ続ける。
歩道のアスファルトがところどころ剥げていて、時折ガクンガクンと車体が沈む。
郊外型商業施設の繁華を象徴するかのように、巨大な駐車場と大型ショッピングモール街が視界に広がる。

「レッドクリフⅠ」の時は、張り切って公開初日に出かけたものの、PartⅡになると、まるできっかけを失ってしまったようにGWまでその機会を待つことになってしまいました。
私はシネコンのチケット売り場に一人並びました。
私の前にも後ろにも家族連れ、あるいはカップル、中・高生の仲良しグループ。
世の中、不況の嵐だと嘆く最中、これだけの笑顔がこぼれていたら、まだまだ日本は平和なのだと思いました。
私は上映時間になるまで、ロビーの片隅でぼんやりと立っていました。
そして誰かの言葉を反芻するのでした。

「さんとう花さんは、まるでわかってない・・・! “翼をください”をどんな想いを込めて(わざわざ)あげたのか、考えて欲しかったのに・・・!(←エコーのように響く。)

そう、他でもない仲良しのSさんの悲哀に満ちた嘆きに、私の胸の内は漠々と雲のように罪悪感で覆われるのでした。

※このくだりの意味が分からない方々は、大変恐縮ですが前回(4月29日付け)の「翼をください」の記事をご参照下さい。

さて、今回の「レッドクリフⅡ」。
見どころは何と言っても呉の孫権・周瑜軍が火攻めをもって魏の曹操軍を倒し、圧勝するまでの戦闘シーンでしょう。

映画の領域を超えてしまうほどの勢いでくり広げられる壮絶な戦い。
天を焦がすような燃え盛る炎。
バッサバッサと斬られ、あるいは射抜かれ、積み上げられていく死体の山。
断末魔の叫びが赤壁に轟くのだ。
だがそんな地獄絵図を予想だにしない、二千隻の船団を率いて赤壁に侵攻して来た曹操軍は、よもや負けるとは思っていない。
その強大な兵力・武器・兵糧をもって勝利を確信していた。
曹操は大杯を重ね、したたかに酔いしれながら、これまでの武功を思いめぐらす。
まるで、既に周瑜・孔明の首をとったかのような面持ちで、一詩を吟じる。

月は明らかに星稀なり
鳥鵲南へ飛ぶ
樹をめぐること三匝
枝の依る可きなし

しかし、曹操が月光の下で宴を楽しむのもこれが最後となる。
曹操はおおよそ赤壁という地の利を理解せず、その意味・意義が分かっていなかったのだ。
それは正に、孔明という千年に一人と謳われた大天才を見くびっていたからに他ならない。
彼は、孔明の知略・才覚・そして思考回路に遠く及ばなかったのである。

私たちは日常において、必然の産物を偶然だと思い込んでいる節があるのでは?
物事の事象には、必ず意味があるのです。
不用意に他人を理解したふりは偽善ですが、相手を知り分かろうとする姿勢は、人の和を築く上で重要なキーワードと成り得ます。
大切なのは、知識と教養を振りかざすことではなく、蓄え、備え、それらを生かすこと。
自分と、そして誰かの存在意義を確認することなのです。

「レッドクリフⅡ」は、単なるバトルフィルムなどではなく、人の在り方を問うヒューマン歴史ドラマなのです。

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2009年4月 9日 (木)

サイコ。

花粉症のピークを過ぎて、ようやく、くしゃみ・鼻水・目のかゆみから解放されつつあります。
そうは言ってもこの季節、桜の開花に始まって心が躍り、穏やかな春の陽気と人々の明るい笑顔に気分は絶好調・・・のはずですが、そうそう上手くはいきません。
「五月病」という言葉があるほどです。
この季節にポッカリと口を開ける、暗い闇の部分を、私、さんとう花は知っているつもりです。
(口幅ったい物言いで申し訳ありませんm(__)m)
でも、普段は目を背けています。
春という季節の明るさを頼りに、影を踏まないように気をつけているのかもしれません。

私の大好きなヒッチコック作品の一つに、「サイコ」というショッカー映画があります。
この作品はいろんな意味で、後のサスペンス・スリラー映画に影響を及ぼした、すばらしく完成度の高い映画なのです。

舞台はアリゾナ州フェニックス。
安価なホテルでつかの間の逢瀬を過ごす若い男女。
女はマリオンと言い、不動産事業所で経理事務の仕事をしている。
男と逢引を終えると、その足で事務所へ戻る。
事務所では、支配人と取引相手の商談が成立し、キャッシュで4万ドルの取引が行なわれていた。
支配人はマリオンに、4万ドルをすぐに銀行の貸金庫に預けるよう言いつける。
マリオンは4万ドルを預かったものの、「頭痛がするので早退させてほしい」と、お金を持ったまま早引きする。
そして、マリオンはそのお金を銀行に持って行くことはなかったのだ。

「サイコ」を鑑賞するにもいろんな捉え方があると思います。
そんな中、これこそが人生の落とし穴だと思われたのは、やはり何と言っても、作品前半のヒロインであるマリオンの出来心・・・4万ドルという大金に目が眩み、持ち逃げしてしまったことでしょう。
それは、直線的な恐怖と危機を煽る一つのエピソードでしかなかったのです。
彼女はその後、4万ドルを手にしたまま、人気のない古めかしいモーテルで、経営者のノーマン・ベイツに殺害されてしまいます。
お金目当ての犯行ではありません。
ノーマンの精神異常による犯行でした。
マリオンは盗んだ4万ドルを返して、もう一度やり直そうと決心した矢先のことでした。
運命とは皮肉なものです。
たった一度の出来心、“魔が差す”というものでしょうか・・・この一瞬の隙が人間をどうすることもできない泥沼に引き摺り込んで行くのです。

ささいな過ちは日常茶飯事に繰り返してしまう私たちですが、犯罪と呼ばれるような、倫理観に反するものには決して手を染めてはなりません。
享楽に耽って我を忘れ、うっかり落とし穴にはまることがないよう、今一度自分を律せねばと思いました。

春とは私にとって、清々しい理性を、改めて呼び覚ます季節なのです。

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2009年1月25日 (日)

いつか晴れた日に。

休日の朝は、運動不足の解消にウォーキングに出かけます。
と言っても、家の近所を40分ほどぶらぶらと歩くだけのお粗末なものですが。
途中、自販機で井村屋のあったかいおしるこを買って、身も心もポッカポカ。
贅沢な気持ちを満喫して我が家に帰ると、再び現実の嵐に襲われるのです。
冷蔵庫の中身は空っぽ。
部屋のお掃除もまだ。
読みかけの本が何冊もたまってるし。
コンビニで支払いもしてこなくちゃならない・・・。
つまり、生きていくということはそういうことなのです、はい。
しかし、自分に甘い私は最低限の義務を果たした後は、こたつにあたって、まったりDVD鑑賞をしました。

今回は、イギリス文学の「分別と多感」(ジェーン・オースティン著)を原作にした「いつか晴れた日に」を観ました。
端的に言えば、中流階級の家庭で巻き起こる適齢期に達した姉妹の愛と苦悩の日々・・・的なストーリーです。
父親を亡くし、老いて泣き虫の母と、思慮深い長女、情熱的な二女、天真爛漫な三女、と言う女性ばかりの家庭が物語の主な要になっているのですが、実に見事な構成・脚本でした。
長女エリノア役をエマ・トンプソン、二女マリアンヌ役をケイト・ウィンスレット、お二人ともすばらしい演技で、目を見張るものがありました。
脚本を手掛けたのは主役を演じたエマ・トンプソンであり、アカデミー賞最優秀脚色賞を受賞しています。
さすが名門ケンブリッジ大学卒の才媛ではあります。

ジェーン・オースティンの作品全てを読了したわけではありませんが、日本で言うところの向田邦子のような作風でしょうか。
どこにでもありそうな家庭の日常的光景、恋愛のあり方、結婚までの苦悩・・・。
女流作家の作品は、得てしてあまり評価は高くなく、辛口批評がつき物なのですが、ジェーン・オースティンに関しては、かの文豪夏目漱石ですら絶賛しているのです。
しかしそんな海外文学の翻訳を読むのは、訳者にもよりますが、かなりしんどいものがあります。
そんな時、ペーパーバックなどさりげなく読みこなせるだけの英語力があればなぁと、つくづく思わずにはいられません。
しかし、映画化によって名作がとても身近なものに感じられ、この悦びと言ったら他にたとえようもありません!

「いつか晴れた日に」は、ちょっとした教養を培う上でもおすすめの作品なのです。

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2008年11月 1日 (土)

レッドクリフ~Part1~

すでに刈り入れの済んだ田園地帯を跨ぐ舗装道路を、私は風を切って自転車で走り抜けるのです。
今日は待ちに待った映画の日!
本日公開の「レッドクリフ」を楽しみにしていた方々は、期待に胸を膨らませて映画館(←今はシネコンと言うらしいけれど・・・)に足を運んだに違いないのです。

なぜこれほどまでに「レッドクリフ」が騒がれるのかと言うと、今年は北京オリンピックが開催されたこともあり、“中国が国家を挙げて取り組んだプロジェクト”なのだそうです。
また、この映画製作費につぎ込んだ金額は途方もないもので、なんと100億円!!
さらに、ジョン・ウー監督が納得のいく作品にこだわり、10億円もの私財をつぎ込んで追加撮影に挑んだ渾身の作品なのです。

「レッドクリフ」は、そのタイトル通り三国志における赤壁の戦いをモチーフにしています。
古代中国大陸を舞台にした、天下分け目の大戦、赤壁の戦いを、ジョン・ウー監督がどうやって表現してくれるのだろうか?
私はそこに凝縮された群雄の相剋、治乱興亡をじっくりと堪能したいと思いました。
ジョン・ウー監督の過去の作品から共通するのは、“滅びの美学”とでも言うのか、戦塵に舞う鮮烈な色彩。
残酷なはずの血みどろな戦いが、むしろ華麗に映るから不思議です。
また、興味深いことに“九官八卦の陣”という特殊な布陣を持って曹操軍と対峙するシーンが出て来るのですが、これこそ正に孔明の奇策、「奇門遁甲の術」なのです!
私が注目したのは、この八陣の図を頭上から撮影したシーンで、思わず圧巻!
これだけでも観るべき価値のある歴史大作なのです。
くれぐれも注釈しておきたいのですが、この「奇門遁甲」は幻の兵法とされ、言うなれば秘術。
後世の誰もその解読に成功していません。
この兵法の映像化に成功したジョン・ウー監督の卓越した想像力と才能に、改めて脱帽しました。

主役を演じるのはトニー・レオン。
呉の水軍大都督、周瑜公瑾の役です。
1000年に一人の大天才と謳われた諸葛亮孔明は、金城武によって華麗に演じられています。
本作は、Part1という形を取っていますが、来年の春に公開予定のPart2も、今から楽しみでなりません。

ウー監督十八番の白鳩も、ちゃっかり出演。
天空を大きく旋回しながら優雅に舞うのです。

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