2014年8月 2日 (土)

U2

’87年にリリースされたU2の『ヨシュア・トゥリー』が、アメリカのナショナル・レコーディング登記に登録されたそうです。
これは、言ってみれば、音楽の世界遺産みたいなものでしょうか?(規模はもう少し小さいかも?)
ナショナル・レコーディング登記は、重要な録音物を保存する目的で発足したものらしく、アメリカの議会図書館に保存されるとのこと。

U2は社会派ロック・バンドとして周知されていますが、正直なところ、日本人にとってアイルランド紛争とか民族・宗教戦争などの背景的なものは、今一つピンと来ない問題なのではと思います。
もちろん、私自身も、U2が好きになったのは、単にカッコイイからという単純な理由からでした。
日本にもメッセージ性の強い歌謡曲はあるのです。
ただ、その数が少ないのです。
いろんな理由が考えられますが、戦争とか政治などに国民全体がアレルギー体質になっているのかもしれません。
日本語で“戦争反対!”だとか“憲法九条を死守せよ!”などをメロディーにのせたら、想像しただけでも生々しく、娯楽としての音楽は破壊されてしまうような気がします。
ところがこれが、海の向こう側の、しかも日本人の大好きなイングランドとかアイルランドを舞台にした英語の歌詞なら、「カッコイイ」ものとして受け入れられるのだから不思議です。

私が21歳の頃、U2のコンサートに行きました。
ガンズ・アンド・ローゼズの時もそうでしたが、会場は東京ドームでした。
当時、趣味友だちだったO.T.さんがチケットを手配してくれました。
御殿場にある陸上自衛隊の基地に勤務されていたのですが、チケットを取るために休みを取って、公衆電話からチケットぴあにかけまくったと、それはそれは大変なご苦労をされたようでした。
あの時、確か「ZOO TVツアー」だったと思います。
それまでのU2的な演奏スタイルとはガラリと変貌し、90年代を意識した金属音、デジタルを導入したテクノ・ハウス系。
不透明で歪んだ世界観に、O.T.さんと二人して驚いてしまったのです。
それを、前衛的なものとして受け入れたファンの方々もいるとは思うのですが、私はちょっとムリでした。

そんな中、今になってU2も原点回帰をはかっているようです。
ウソかホントか、音楽性には対極にあったペット・ショップ・ボーイズと、長年に渡る不和も、どうやら和解したとのこと。(あくまでゴシップ報道によるものなので、本当のところは不明。)
初期の頃の素朴さからはかけ離れ、90年代からは巨大なショー・ビジネスの歯車にちゃっかり乗っかってしまったようにも見受けられましたが、さて、今回のU2の原点回帰により、どんなロック・サウンドを奏でてくれるのでしょうか?

U2の『ヨシュア・トゥリー』を、「今世紀最高のアルバムだよ!」と力説していたO.T.さんが、その後もU2のファンでおられるかどうかは分かりませんが、20年経った今、ざっくばらんにU2のあれやこれやを話してみたいなぁと思う、今日この頃なのです。

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2014年7月27日 (日)

ガンズ・アンド・ローゼズ

最近は口当たりの良いスッキリとした音楽が主流で、疲れた心に癒しのメロディーはとても効果的に違いありません。
今、Jポップを引っ張って行くミュージシャンと言うと、AKB48やモモクロあたりになるのでしょうか?
なにぶん、流行から遅れて久しいので、実際のところはよく分かりません。

私が20歳前後の時、世間はバブル期。
私もバイトで貯めたお金は貯金など一切せずに、全て趣味に費やしていました。
今ならそんな無謀なことは考えもしませんが、金銭感覚のマヒしたあの頃は、お金なら働けばいくらでも稼げるのだからと、何も深くは考えていなかったのでしょう。
悟り世代と言われる現代の若者が、現状にささやかな満足感を持って貯蓄をするなど、堅実にやりくりするというテレビの報道を見ると、本当に立派なものだと感心してしまいます。

私が高校生の時、ガンズ・アンド・ローゼズというバンドの存在を知り、そのあまりに攻撃的なハード・ロックに度胆を抜きました。
もともと洋楽嗜好の私は’87年にリリースされた『アペタイト・フォー・ディストラクション』を繰り返し聴いては、ろくに歌詞の意味など分かりもせず、ただただカッコイイと思っていました。
ボーカルのアクセル・ローズが、いかにもロッカー的な風貌で、細身の長身。しかもイケメン。
声がまた独特で、声帯にポリープができそうなワイルドな響き。
ギタリストのスラッシュが奏でるギターソロが、これまた鮮やかで媚びなくてしかもクール。
とにかく私はハマりました。

’91年にリリースされた2枚のアルバム『ユーズ・ユア・イリュージョン』ⅠとⅡ、これも曲順を覚えてしまうほどに聴いたものです。
21歳の時、ガンズ・アンド・ローゼズが来日するというので、これは絶対にコンサートへ行かなくてはと思っていたところ、当時、仲良くしていたO.T.さんが東京ドームのチケットを取ってくれて、一緒に行くことができたのです。
ガンズ・アンド・ローゼズのファンだという友だちが、私の周囲に一人もいなかったあの時、ひょんなことから知り合ったO.T.さん。
当時、御殿場にある陸上自衛隊の基地に勤務していた記憶があります。
手も握ったことのない純粋な男女の友だちとして、あちこちコンサートに誘ってもらえたことは、本当にありがたいことでした。
その後、O.T.さんが転勤してしまったことでお付き合いはなくなりましたが、きっと今ではご結婚もされて、幸せな家庭を築かれていることと思います。
新潟のご出身とのことだったので、あるいは故郷の新潟に住まわれているかもしれません。

ガンズ・アンド・ローゼズは、O.T.さんも大好きだったようで、お気に入りの曲を選曲したものを、120分テープに録音し、「おすすめだよ」と言って私にくれたのは、今でも覚えています。
今となっては引っ越し先の住所も電話番号も分からないので、お互い好きだった洋楽の話で盛り上がることもできないのですが、きっとO.T.さんの車内には、ガンズ・アンド・ローゼズのCDが2~3枚置いてあるに違いありません。
酒と女とドラッグと、狂気と孤独をシャウトしたアクセル・ローズの声を聴くたびに、楽しかった21歳の頃を思い出すのです。

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2009年4月29日 (水)

翼をください。

4月29日という祝日が、昭和天皇の誕生日からみどりの日に変わり、今は昭和の日という名称になっていることに、今日気付きました。
最近は、ことカレンダーに興味がなくなって、平日と土日祝日の違いさえ分かれば問題ないことをいいことに、あぐらをかいていました。
小さい頃は、日めくりカレンダーに記載されている“今日の出来事”欄を読むのが楽しみだったのに・・・。
あの頃の好奇心というものは、年をおうごとに薄れていくものなのでしょうか?

それにしてもGWに突入した本日早朝から、我が家の真ん前の路地において、舗装工事が始まりました。
ドドドッとか道路に穴を開ける音やら、キーンと路面にカッターを入れる音が鳴り響くのです。
せっかくの優雅なひと時だと言うのに・・・嗚呼、この場所から逃げ出してしまいたい。
私にもしも・・・もしも翼があったら・・・。

そんなわけで、今朝は騒音の中、まるでその仕打ちに対抗するかのように“翼をください”を聴きました。
仲良しのSさんからのおすすめということもあり、この曲のみ4パターンの聴き比べをさせられるはめになりました。(←もとい、聴き比べさせていただくことになりました)

あのね、“翼をください”って知ってるでしょ? この曲を聴き比べて欲しいんだよねー。4パターンあるの。それでもってブログに(この感想を)書いて欲しいの。(ニコニコ)」

Sさんは、例によってオリジナルCD(特製“翼をください”のみ4曲収録聴き比べCD)を送ってくれました。
しかも、「この大空に翼を広げ、飛んで行きたいよ」というコピー付き。
この力の入れようたるや、タダ者ではありません、はい。

この4パターンとは、次のとおりです。

1、山本潤子の歌う“翼をください”

2、平原綾香の歌う“翼をください”

3、徳永英明の歌う“翼をください”

4、赤い鳥の歌う“翼をください”

もう、どれもこれも“翼をください”なんだな、これが。┐(´д`)┌
この4パターンは、時と状況に応じて好みの“翼をください”が変わるかもしれません。

ドライブ中、カーステレオから流れる“翼をください”なら1番かも。

カレ  「どこか行きたいとこある?」
カノジョ「そうねぇ、伊豆の海が見たいわ」
カレ  「よし、行ってみよう。(エンジンをかけ、BGMに山本潤子の歌う“翼をください”が流れる)」みたいな。

テニス部員(中学生)がテニスの試合に負けて、田んぼのあぜ道を自転車で一列に並んで帰る際に流れるBGMなら2番。
青春映画のワンシーンに使われそう。

現実逃避で、一人部屋で聴くなら3番。
さんとう花の個人的嗜好で言うと、徳永英明の声に涙したいかも。

合唱コンクールで優勝をねらいたいクラスにおすすめなのが、4番。
オーソドックスで懐かしい感じもする。

“翼をください”一曲からここまで空想(妄想)が広がるというのは、楽しいものです!
みなさんもよろしかったらこの4パターンを自分なりに聴き比べてみて下さいね(◎´∀`)ノ

Sさん、いつもありがとう!!

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2007年4月 8日 (日)

ローエングリーン。

デジタルの時代にレコードを聴くなんて、時代錯誤も甚だしいかもしれません。
アナログステレオのスイッチを入れ、レコードプレーヤーにレコード盤を乗せ、そこに針を落とします。
静かに回転するレコードを確認したら、椅子に腰掛け、ただひたすらスピーカーから流れて来る重厚な音に耳を傾けるだけです。

私はワーグナーの「ローエングリーン第一幕への前奏曲」を聴きました。
指揮はヘルベルト・フォン・カラヤン、演奏はベルリン・フィルハーモニー管弦楽団です。
西陽の射す私の書斎は、板の間の上をホコリが不思議な模様を描いて踊っていました。
「ローエングリーン」は天国的な気分に始まります。
そこは金色に輝く草原。
私はそこに埋もれ、人知れず天使の群れに伴われて幸福な感情に満たされるのです。
この歌劇は、グリム兄弟の「ドイツ伝説集」やドイツ・バイエルンの某吟遊詩人の作品などが参考となり、作り上げられました。
それはワーグナーの作品中でも最も芸術的香りが高く、意味の深い、素晴らしく完成度の高い戯曲なのです。

カラヤンのカリスマ的な指揮のもとにくり広げられる音の波におそわれながら、私は徐々に上り詰め、やがて幾度となく果てるのです。
夢と現実が交互に入り乱れ、欲望の剣が私を貫き、乱反射する一条の光が足元を照らします。
私は放心状態のままロマン歌劇の終焉を聴き、無条件に身を焦がすほどこの音を愛するのです。

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2007年3月 4日 (日)

千の風になって。

「ただ僕はものを考えるのにいちいち時間がかかる性格だし、欲望に歯止めをかけてくれるいくつかの規則を後生大事に抱え込んでいる。」
(グレート・ギャツビー/村上訳より)

私が村上訳ギャツビーからこのニックのセリフをわざわざ引用したにはわけがあります。
私の数少ない友人の中にSさんという親切心と向上心に溢れた、鮮やかな感情の持ち主がいます。
そのSさんは、私に世間で評判になっている映画や音楽など「これは」というものに限って、録画録音に時間を費やし、紹介してくれるのです。
私はそれらをありがたく受け止めて、時間の許す範囲で楽しませてもらっているのですが、なにぶん人より時間のかかる性格をしていて、あるいは気持ちの問題からなのかすぐには観たり聴いたりも出来ないでいたずらに日が過ぎてしまいがちです。
なので共鳴するのがワンテンポほど遅れますが、それら作品の全てを時間をかけてきちんと大切に私の中で扱っていますので、ご了承、ご理解下さい(笑)

と言うわけで「千の風になって」を聴きました。
もちろん、以前からテレビで度々流れているのを耳にしていたため、新感覚の印象はありませんが、この詩にこめられた「死の受け止め方」は、遺された者たちに大きな勇気と励ましを与えてくれるものだと、今さらながら深い感動を覚えました。
私の母校は毎年四月になると静岡市内の某ホテルで同窓会が開催されるのですが、昨年は賛美歌とともにこの「千の風になって」が皆で歌われたようです。(会報に寄る。)

「千の風になって」はメアリー・E・フライというアメリカ・オハイオ州出身の女性が作者であるとされていますが、自作の出版、著作権を設定しなかったということで原作を離れて派生作品が次々と生まれる要因になったと言われています。(日本では新井満が訳詩を手掛けています。)
米紙によると1977年、映画監督のハワード・ホークスの葬儀で、俳優のジョン・ウェインが「千の風になって」の英語詩を朗読し、また1987年、マリリン・モンローの25回忌の時、ワシントンで行われた追悼式の席上でも朗読されています。
和訳された、深くて静かな精神性の感じられる詩も素晴らしいものですが、英語の方は美しく韻を踏んでいるので曲なしでも充分に堪能できる作品なのだそうです。

私は両親を亡くした際、この「死」という絶対的な運命とどうやって直面していくべきなのか、神経をすり減らして思い悩みました。
一体自分はどうすれば良いのだろう?
この先私は何を支えに生きていけば良いのだろう?
心が激しい不安に怯え、孤独と憂鬱が私の心を苛みました。
もしもあの時、この「千の風になって」と出会っていたら、もっと違った方向性を見出していたかもしれません。

秋には光になって畑にふりそそぐ
冬はダイヤのようにきらめく雪になる
朝は鳥になってあなたを目覚めさせる
夜は星になってあなたを見守る

どうかお父さん、お母さん、鳥になって星になって千の風になって私を見守っていて下さいね!

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2007年2月21日 (水)

あした。

快晴の朝、あたたかな春の陽射しをカーテン越しに感じながら、BGMに中島みゆきの「あした」を流してインスタントコーヒーを飲みました。
友人のK美さんが貸してくれたものですが、K美さんはみゆきのCDを他の友人から借りていて、それを又貸ししてくれたのです(笑)
K美さんは中島みゆきを大絶賛し、私もそれには共感しています。
ただ昨年のクリスマス・イヴ、K美さんを含む独身女性3人で中島みゆきの「世情」に耳を傾けながらケーキを食べたという逸話を聞いた時、さすがの私もコメントに窮しました。
一体どんなシチュエーションでどんな会話を楽しみながら(?)のことなのか、知りたいような気もするし、知りたくないような気もします・・・。

中島みゆきは札幌市出身、藤女子大学文学部国文学科を卒業しています。詩的センスにあふれており、女の「独占欲」「嫉妬」「願望」について朗々と歌い上げる姿は神々しさすら感じさせます。
繰り返し聴いては何か込み上げて来る鮮烈な激情を抑制する私。
それが「あした」なのです。

抱きしめれば二人はなお遠くなるみたい
許し合えば二人はなおわからなくなるみたいだ
ガラスならあなたの手の中で壊れたい
ナイフならあなたを傷つけながら折れてしまいたい

何もかも愛を追い越してく
どしゃ降りの1車線の人生
凍えながら二人共が二人分傷ついている
教えてよもしも明日私たちが何もかも失くして
ただの心しか持たないやせた猫になっても
もしも明日あなたのため何の得もなくても
言えるならその時
愛を聞かせて

なるほど、その通り。
物質的なもので私の心が満たされることはあるのでしょうか?
どうしても欲しいアクセサリーや洋服などあるはずもなく、ましてや損得感情で相手を好きになるわけではないので、見返りは求めていないのです。
ちなみに以前、腕時計やネックレスをいただいたこともありますが、私には似つかわないし、そんなものは少しも欲しいとは思いませんでした。
だからもらっても儀礼的に二、三度身につけただけで、それっきりなのです。
でももし、一つだけ与えられることが許されるなら惜しみない愛をささやいてほしい。
ただ、それだけです。

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2007年1月19日 (金)

You're Beautiful.

私は生まれたままの姿で、草原に身をゆだねていました。
一面に広がる金色の草原は、根元の部分まで光をたたえ、そよ風にゆらゆらと揺れているのでした。
時折、誰かが私の芯に触れ、凛然とその存在を明確なものにし、子宮の内側で反響していました。
私の感情を喚起させるかのように、草原に突如として現れる一本の桜の木。そこに満開のピンク色の空間が生み出され、なんてきれいなんだろうと、思わず恍惚として見惚れてしまいました。
その美しさに私はえも言われぬエクスタシーを感じるのです。
私の脳裏で絶えず繰り返し流れていたのは、ジェイムス・ブラントの“You're Beautiful.” です。

君はきれいだ きれいだよ
君はきれいだ ほんとうだよ

私は目の前の美しい対象に向かって、「きれいだ」を連発し、透明度の高い湖の深いところまで堕ちてゆくのです。

ジェイムス・ブラントは、イングランド出身のシンガー・ソングライターです。
ブリストル大学卒業後、イギリス陸軍に入隊。
陸軍将校として3万人のNATO平和維持部隊を率いるなど、紛争地帯のコソボにも赴任経験があります。
異色の背景に隠された音楽センスをあれこれ批評するのは好ましくないので、私はあえて彼の大ヒットナンバーである“You're Beautiful.”についてだけ語りたいと思います。
なぜこの曲なのかと問われれば、やはり、ストーリー性があるからなのです。
例えば、そこはJR名古屋駅近辺(特に名古屋に限定する必要はないのですが)。バスと地下鉄とJRとそして雑多の人ごみ、乱立するビル。ドカドカと反響する工事の騒音。
そこに一組の男女がにこやかに歩いています。
二人は心を交わし、揺るぎない精神の砦を備えた、崇高な連帯意識。
周囲の混濁とした空間に迎合することなく、ひときわ輝いて見えるのです。
その二人とすれ違う一人の男性。
彼は純粋で清らかな精神の持ち主なので、狂暴な群衆の中に天使を見つけます。
でもその女性(天使)の隣りには、全身で愛を発している男が片時も側を離れずにいます。
その一組の男女とすれ違う時、どうするのか?
柔和な笑顔を浮かべ、天使をじっと見つめ、

君はきれいだ きれいだよ
君はきれいだ ほんとうだよ

と、囁くのです。
天使はその甘い囁きに気がついて、ほんの一瞬だけ視線をその男の方へと向けます。
ただそれだけの行為。
ただそれだけの純愛に平安を感じるのです。
届かぬ想いに焦燥感を募らせるのではなく、愛を感じた自分と、愛を感じさせた女性を賛美し、「愛することを懼れるな」と訴えているのです。
ジェイムス・ブラントは、そういう愛の根源的精神を歌っているような気がするのですが。

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2006年11月14日 (火)

ロビンソン。

親友のK美さんが電話越しに哀しくつぶやきました。
「イヴは○○さん(独身35歳女性)と二人でクリスマスケーキを作るの。」
私は返す言葉に窮して、「楽しそうだね。」と答えました。
「○○さんは私がクリスマスに予定が入っていないことを見越して誘って来るんだから・・・。」
この会話の成り行きは危ないと思いました。
この勢いに乗じておそらくきっと私は「ケーキ作り」に誘われるに違いないと先を読み、
「私もそのケーキ作りに参加したいところだけど、(物理的距離が)遠いから、行けそうもないし・・・。残念だなぁ・・・。」
と、すかさずお断りの返事をしておきました。
K美さんがシニカルに笑う声を聞いた時、このままではいけないと思いました。彼女を救済せねば(?)と思いました。

私は「ロビンソン」を聴きました。
これは友人が私のために送ってくれたCDの中に収録されていたスピッツの名曲なのです。
この曲は1995年にリリースされたヒット・ソング中のヒット・ソングなのです。海外のミュージシャンにもカバーされています。
スピッツはメロディアスで甘美な詩などが世間で広く認められているグループなのですが、アルバムによってはかなり「とんがった」色彩を放っていて、実はパンク的な要素も充分に兼ね備えたロック・バンドなのではないかと思われます。

今から12年程前、まだ私がこちらへ引っ越して来る前、イトーヨーカドー内のCDショップに勤務しているころ。
私がレジ番をしていると、一人の男性がぬっと現れました。
年齢は(当時)27,8歳。身長は175センチ程で、派手なシャツに黒のスラックス、口には禁煙パイポをくわえていて、うっすらと口ひげをはやし、いかにも「悪そうな」雰囲気が漂っていました。
「喫煙所はありませんか?」
「このフロアの一番西側にございます。」
「ありがとう。」
イントネーションが関西なまりだったので、すぐにその男性が地元の人ではないことが推測できました。
それからその男性は毎日のように現れました。
でも買っていくものは、CDケースや100円のカセットテープだったり、大したものではないのです。
店内をしばらくウロウロした後、つまらない買い物を済ませると、私とも口をきくことはなく、いつの間にかいなくなってしまう人でした。
それがある時、急に、その男性はつかつかとレジの前に歩み寄って来ました。
「ねぇ、店で流れているこの曲、なんていうタイトルなん?」
「スピッツの『ロビンソン』という曲です。」
「ふうん。ええ曲やなぁ・・・。」

待ち伏せた夢のほとり
驚いた君の瞳
そして僕ら今ここで
生まれ変わるよ

その男性はしばらく「ロビンソン」に耳を傾け、曲の終わりに合わせて、優しい目だけを私に残すと、お店を去って行きました。

誰も触れない二人だけの国
君の手を放さぬように
大きな力で空に浮かべたら
ルララ 宇宙の風に乗る

それが彼との出会いでした。
一年後、私は彼の熱烈なプロポーズを受け、結婚しました。

けれど、その彼も今はこの世の人ではありません・・・。

やっと、やっと、「ロビンソン」を聴くことができました。
今思い出すのは、店内に優しく流れていた「ロビンソン」と、風のように去っていった彼の後ろ姿だけなのです。

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2006年11月12日 (日)

言葉にできない。

人は皆、「これが最後の恋」だと思って人を好きになるのです。
でも、どうしようもない気持ちのすれ違いや、お互いの不完全な性格が災いして終焉を迎えます。
私も「もう人なんか好きにならない」と決めていたはずなのに、その頑なな気持ちは時間の経過とともに和らいでゆくのです。
それはまるで、冷凍庫で眠っていたカチンコチンのアイスクリームを暫く常温に置いておくと、みるみるうちに溶けていくように・・・。

友人がCDを送ってくれました。
本人が好きな曲を選りすぐったオムニバスタイプのものなのですが、吉田拓郎、中島みゆき、コブクロ、それに森山直太朗まで収録してくれました。
中でも私の耳を釘付けにしたのは、小田和正の「言葉にできない」です。

終わる筈のない愛が途絶えた
いのち尽きてゆくように
ちがう きっと ちがう 心が叫んでる

ひとりでは生きてゆけなくて
また誰かを愛している
こころ哀しくて言葉にできない

la la la ・・・言葉にできない

(中略)

あなたに会えてほんとうによかった
嬉しくて嬉しくて言葉にできない

私は小学生のころオフコースが大好きで、公認ファンクラブにも入会していました。
登校する際は、毎朝、「愛を止めないで」を口ずさみ、マッチ、トシちゃんファンのクラスメイトは私を変わり者呼ばわりしていました。(笑)
放送委員会に所属していた私は、下校時の音楽に「さよなら」を流し、センスのない教頭先生に優しいお叱りを受けました。
ならばと思い、朝清掃の音楽に「Yes-Yes-Yes」を流してみると、今度は担任から、「さんとう花、趣味は自分だけで楽しむものだぞ。」と、職員室で延々注意を受けました。

オフコースは、小田和正、鈴木康博らが中心に結成したフォーク・グループです。(80年代に入ると、ニューミュージック・バンドと呼ばれるようになります。)
1989年に東京ドームでのコンサートを最後に、オフコースは解散します。
その後、小田和正はソロ・ミュージシャンとして活躍し、’91年の「ラブ・ストーリーは突然に」でシングルチャート第1位を獲得し、現在に至ります。
「言葉にできない」は、結成当時から共に活動して来た盟友、鈴木康博が脱退した時や、オフコースの解散時に歌われた小田和正の名曲なのです。

洋楽一辺倒の私が久しぶりに耳を傾けた邦楽。
たまには良いものですね。
「グレート・ギャツビー」に出て来るニックのように、私はものを考えるのにいちいち時間がかかる性格なのです。欲望に歯止めをかけてくれるいくつかの規則を後生大事に抱え込んでいるのです。
でも私もやはり、例外ではなく、ひとりでは生きてゆけないのです。
そしてまた、誰かを愛してしまうのかもしれません・・・。

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2006年9月26日 (火)

魂の叫び。

最近は好きな音楽からも遠ざかり、ましてやコンサートに出かけて熱気溢れる会場でライブに身を焦がすこともなくなりました。
今日は映画を観る気分ではなくて、歌を聴きたい気分でした。
私はU2の「魂の叫び」を、狂ったように繰り返し聴きました。

U2は1980年にデビューしたアイルランド・ダブリン出身の社会派ロック・バンドです。メンバーはリード・ボーカルのボノ、ギターのエッジ、ベースのアダム、ドラムのラリーという4人から編成されています。
アルバム「ヨシュア・トゥリー」でグラミー賞最優秀アルバム賞を受賞したことで、本格的に世界のU2としてスーパーグループに押し上げられました。
U2というロック・バンドの根底に流れるのは、常にメッセージ性を有すということです。アイルランド出身の彼らが放つ魂の叫びは、切っても切れないその土地柄にあるかと思われます。
詳細は勉強不足ゆえとても説明出来ないので、私の分かる範囲で要約すると、16世紀にイギリスは独自の英国国教会を立ち上げ、それをアイルランドにも押し付けたのです。しかしアイルランドは正統なカトリック教徒。ここで宗教戦争が勃発します。それがいわゆるアイルランド紛争と呼ばれるものなのですが、これは非常に根が深く、単なる宗教問題ではなく、アングロサクソン人VSケルト人という民族戦争でもあったわけです。
この戦争のせいでアイルランド北部では人口の大半が死に、土地は全てイギリスに没収されるという忌わしい惨劇があったのです。
このような過去の歴史を引き摺ったアイルランド人の血を引くU2が、時代の過酷さに耐えて、愛と平和を訴え続ける姿に人々は魅了されるのです。

「ヨシュア・トゥリー」を初めて聴いた時、そこに天使が舞い降りて来るのを見たような気がしました。
力強く、救出を助けるエッジのギターと、それに呼応してエモーショナルなボノのボーカルが、天空を駆け巡るのです。私は全身に鳥肌が立ちました。忘れもしない、中学2年生の時です。
その後、ツアーの模様が収録されたライブの曲とスタジオ録音された曲とのコラボレーションが「魂の叫び」として発売されました。
その4年後、衝撃の「アクトン・ベイビー」が発表されました。
あの驚愕と動揺は今も忘れることが出来ません。それまでのシンプルな演奏スタイルは覆され、90年代を意識した金属音、デジタルを導入したテクノ・ハウス系に。エッジのギターもすっかり様変わりして内へ内へと入っていくし、ボノは重く憂鬱なボーカルへと一転。まるで作風が異なってしまったのです。
そしてU2のストイックな純粋主義のイメージは「ZOOROPA」の発表により、音を立てて崩れ落ちてしまいました。不透明で、歪んだ、無責任の極致に飛び込んで行ってしまったのです。
私は結局、この「ZOOROPA」のアルバムを買ったのが最後となり、それ以降は買っていません。
U2が嫌いになったとか、イデオロギーの違いであるとか、そういう問題ではないのです。
昔、東京ドームでU2が最後に演奏した「プライド」を、ドームの天井が突き抜けるほどに聴衆と一体となって大合唱したあの夜を、忘れることが出来ないのかもしれません。

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